まず「鏡のなかの自分」から! ―わたしたち一人ひとりが世界を変える―

2011年01月04日 16:30


2011年が始まりました。
今年は人類にとって、かなりきつい年になりそうです。
正直言って、新年早々のブログに何を書いてよいかわからなくて、3日間パソコンに向かうことができませんでした。

大みそかから元日にかけての記録的な豪雪で、いつも使用している国道の一部は通行止め、JRは不通、近隣の町では停電したままという非常事態がつづき、閉ざされた極寒の環境のなかでお正月を迎えた人たちのことを思うと、とても気の毒で、「おめでとう」ということばが未だに湧いてこないのです。
特に今回雪による被害が多かった山陰地方(鳥取・島根)の人たちは、改めて自然に対して脅威を感じたのではないかと思います。

朝起きたら水道の水が出る。スイッチを入れれば、エアコンが作動する。ただちにインターネットが使える…ということは、ほんとうにありがたいことですね。
こんなことは皆さん、あたりまえだと思っておられるかもしれませんが、そのあたりまえのことが突然不可能となることがあるのです。

なんでこんなことになるのよ~。
電力会社さん、早く復旧してよ~。
太陽さん、早く雪を融かしてよ~。
地球さん、天変地変は起こさないでよ~。
と叫んだところで、どうにもなりません。

異常事態が生じたとき、どう自分がそれに対応するかということが、これから重要となってくるのではないかと思います。
どんな状態に巻き込まれても、怒りやうらみなどのネガティブ指向に陥ることがなく、自分の気持ちが静かで、落ち着いていることが必要です。


★ 恐れるものは何もない ★



これまでわたしのブログを読んできてくださった方々にはおわかりかと思いますが、とにかく、この先どうなってしまうのかという不安や死の恐怖を抱かないことですね。
死の恐れを克服した人は、何があっても大丈夫であるはずです。

地球とともにアセンションする人は、肉体をもったままでつぎの次元に生きるわけですから、全然恐くないし、むしろ心が弾み、楽しいはずですね。
アセンションしない人は別の領域で再生するだけのことですから、何も問題はありません。
みんな、自分の選んだ道を行くのみです。


ただし、この世であることを成し遂げようと、明確な目的をもって生まれてきている人は、それが未だにできていないと、ちょっと不安かもしれませんね。


★ 地球を愛するインディゴたちの生きる道 ★



わたしの次女のようなインディゴ・チルドレンは、志願して地上に生まれてきていることを自ら知っているので、特別不安感が大きいのです。

インディゴの多くは、とても責任感が強いのではないでしょうか?
そして、完璧主義が多いのです。
自分の思っているようにならなかったり、できなかったりすると、そういう自分を許せなくなるんですね。
他人よりも、むしろ自分自身を許すことができない人の方が多いのではないでしょうか。
インディゴは、自分は何をなすべきで、何が自分にとって正しいかを常に考えているわけです。

★インディゴに限らず、数秘学でいう「軌道6」の人というのは、「愛を無条件に与える」というすばらしいエネルギーをもっています。
でも、自分がいい人になるために…自分がすべきことをするために…責任をとるために…がんばりすぎて、疲れ果ててしまうのです。

いつも何かに罪悪感をもっていて、自己犠牲のなかに入り込んだりして、まるで受難者のようになることもあるようです。
尾崎豊さんもそうでした。
マイケル・ジャクソンさんもそうでした。

彼らはとても魂がピュアであり、無条件の愛を与える人たちでした。 
特にマイケルさんは、無垢な子どもさながらに地球を愛し、虐げられた人々を愛し、救済しようとした人です。
彼は環境破壊を嘆き、自分たちで何とかしようと、うったえ続けていましたね。
アース・ソング」には、「泣いている地球、嘆き悲しむ大地」と一体となっているマイケルさんがいます。

残念なことに、マイケルさんも志半ばにして亡くなってしまいました。
やっぱりがんばりすぎたんですね。 



★「軌道」や「魂の衝動」に「」をもっている人は、あまりにも自分ががんばっているのに、自分が思っているほどに世間に評価されなかったり、期待通りにならなかったりすると、反動を起こすことがあるのです。
「やーめた!」「もうそんなの、かまうもんか!」と。

でも、そう思ったところで、彼らの深いところでは、ほんとうに与えたいし、分かち合いたいと思っているのです。地球のため、人類のために貢献したいと思っているのです。


★インディゴだと思っているあなた、あなたはどうでしょうか?
地球のため、人類のために貢献したいと、心から思っていますか?
そうでなければ、真のインディゴではないし、使命を忘れたままで死んでいくただの人間です。

★インディゴのあなたも、インディゴでないあなたも、今年何かひとつ目的を成し遂げましょうよ。

まずこの世に生まれてきた目的を思い出すこと。 
今自分がほんとうにやりたいこととは何なのかを、見つけましょう。


お金のためとか、生活のためとかではなくて、そんな心配はとりあえず横に置いて、一番やりたいことをやってみましょうよ。
そうでなければ、きっと後悔することになるでしょう。



★ まず「鏡のなかの自分」から! ★

 

★マイケル・ジャクソンの「Man In The Mirror」をぜひ聞いてください。
CDをもっていない人は「You Tube」の和訳つきを探して見て、聞いてみてください。
この詩は彼自ら作ったものではないようですが、彼の魂からメッセージが、ここに重ねられているように思えます。
  
 
  僕は鏡の中の自分から始めるよ。
   (鏡の中の男から、Yeah!)
  鏡の彼に変われと言うんだ。
   (変るべきだ!)
  これより明確なメッセージは他にない。
   (世の中をより良い場所にしたいなら)
   (まず自分を見て、自分を変えることさ)
   (まだ間に合ううちに、正さなきゃ)
   (だって、もし気持ちが閉ざされたら)
  心を、心を閉じちゃいけない。
   (その時は心が閉じてしまう!)   
  
       訳:大西恒樹



心を閉ざしてはいけない
この男から、鏡の中の男から変わるんだ
と、彼は歌います。
そして、
自分を見つめる勇気を出した人間が …
わたしたち一人ひとりが …
世界を変えるその人なのだ
」と、わたしたちにうったえているのです。


★2010年はマイケルのことばで締めくくりましたが、2011年もマイケルのことばで始めたいと思います。
つぎのマイケルのことばを魂に深く刻み、ともに2011年を生き抜きましょう。

 
    みんなこう言う。
    「だれかがやってくれる」って。
    「だれがって?」

    僕らからはじめよう。
    でないと、なし得ない。



わたしたちから始めよう! ―大好きなことを仕事にしよう―

2011年01月09日 01:00


あなたは今何かの仕事に携わっていらっしゃいますか?
そうであるなら、自分の仕事に生きがいを感じておられるでしょうか?

あなたは、自分の仕事が好きでしょうか?
仕事を楽しんでおられるでしょうか?

もし、答えが「NO 」であるなら、なぜ好きでもなく、楽しくもないその仕事をしているのでしょうか?

給料がよいからですか?
家から職場が近いからですか?
人間関係が他に比べてよいからですか?
その仕事しか、なかったからですか?

いや、どれもちがうというあなた、では、いったいなぜその仕事を選んだのでしょうか?

そこでなら、自分の能力が少しは発揮できて、人からも認められ、社会的にも一様受け容れられるから…と考えたからでしょうか?

わたしの長女は、学校を卒業して以来、さまざまな仕事を転々としてきました。
数多の資格をもっているためか、どこでも重宝がられ、軽い気持ちで面接を受けても、たいてい合格し、募集をしていないにもかかわらず社員として入社できたり、不思議と優遇されたりするのです。

ところが、どんなに優遇されても、本人は一向に嬉しくもなく、3日も行けば社内の雰囲気がいやになり、仕事が退屈で、もう早々と辞めようかと考え始めるのです。

「こんなところで、こんな人たちと、こんな安月給で、とてもやってられないわ」というわけです。
そうすると、翌日から会社に行くのがイヤでイヤで、たまらなくなるのです。
心がネガティブになっていますから、体調もしだいに悪くなります。
登社拒否ですね。その繰り返しです。

なぜ、そんなことになるのでしょうか?

それは、仕事を始める動機が、まったく純粋でないからです。
ただ、お金がほしいから仕事を探しているからにほかなりません。
目的が仕事ではなく、お金のほうにあるからですね。

本人もそれは重々承知していることなのです。
長女には、ほんとうはしたいことがあるのです。
それは、本人にとってはとても楽しい創造性のある仕事です。
しかし、自分にしかできないその楽しい仕事を、無一文から始める勇気や気力が持てないのです。
だから、とりあえず、手っ取り早く、給料をもらえる所を探すわけです。

給料をある程度もらうためには、当然その仕事に拘束されます。
そうすると、自分のしたいことをして楽しむ時間が失われていきます。
それは、本人にとっては一番いやなことで、最もしたくないことなのです。
でも、なぜかそれをしているのです。
危険に満ちた生を生きる」という選択ができないんですね。


★ 大好きな仕事をして生きたゴッホ ★



画家であったフィンセント・ファン・ゴッホは、1853年オランダに生まれ、1890年に亡くなりました。
自分の家もなく、食べるものもなく、着るものもない貧しい境遇のなかで、精神的な病に苦しみながらも、絵を書きつづけた人です。

ゴッホは自画像をたくさん描いていますね。
あれだけ自画像を描いた人はいないのではないでしょうか?
おそらくモデルを雇うお金がなかったからだと思われますが、
絵の練習には、自分を描くのが一番手っ取り早かったのでしょう。


     ゴッホの自画像
     ゴッホの自画像(1888年 ゴッホ美術館蔵)


絵に関しては、彼が生きているときには、たった一枚しか売れず、彼の才能はほとんどだれにも認められなかったといわれています。
唯一彼の弟だけが、ゴッホのきらめく才能を知っていたのです。

そんな弟に金銭的に世話になりつづけながらも、自分が描きたいものを描くことができたゴッホは、とても幸せであったにちがいありません。

しかし、ゴッホは37歳で自殺してしまいます。
彼は弟夫婦に迷惑をかけていることを随分苦にしていたようですから、それが原因なのかもしれませんし、彼の精神的な病(狂気)が原因なのかもしれません。

とにかく、ゴッホは大好きな絵を描いて生きたのです。
今では、ゴッホの名前や絵を知らない人はいないほどで、絵は何百万ドルの価値がついています。
彼が生きていたら、さぞかし驚愕することでしょう。

でも、当のゴッホは、人々に認められようと認められまいと、「絵を描く」という仕事に価値を見出し、それを愛しつづけたのです。

大好きな仕事をして生きたゴッホ
彼の満足感は、人に認められることなんかではなく、自分の好きな風景や人物をキャンバスの上に自分らしく表現することにあり、それを楽しむことにあったのです。



ゴッホ




夜空に輝く星々の独特な表現は、
ゴッホ自身の言葉によると
夜空に咲く「天国の花」なのだそうです。

カフェテラスの黄色と夜空の青色、
杉の木の緑色の鮮やかな色彩描写は、
最も注目すべき箇所。
石畳の複雑な色彩表現も、すばらしいですね。



夜のカフェテラス(アルルのフォラン広場)
(1888年クレラー=ミュラー国立美術館)



★ 自分のハートの鐘を鳴らす何かを選ぶこと ★



インドの神秘家OSHOは言います。

人に感心されたり、認められたりしなければならないということが、あらゆる人間の問題であることを思い出さなければならない」と。 
  
私たちは社会のなかで、つねに人に認められないかぎり、自分は無価値なのだということを教えられてきている。為す仕事が重要なのではなく、認められるということが重要なのだ」と。


これがものごとを逆さまにしている。
為される仕事が重要であるべきだ。
それ自体が喜びであるべきだ。

人は認められるためにではなく、
創造的であることの喜びゆえに、
その仕事を愛しているがゆえに、
仕事をすべきだ。



彼はまた、こうも言っています。


便利さや居心地のよさを、
名誉や社会に受け容れられること、
尊敬を選んではいけない。
自分のハートの鐘を鳴らす何かを選ぶのだ。
どのような結果になろうとも、
自分のしたい何かを選ぶのだ。



★もしあなたが居心地のよさを、快適さを選んだら、そのときには、あなたはけっして自分らしく、強烈に生きることはできなくなります。
簡単」、「便利」、「ここちよい」という、社会が支持するそれらを選んだなら、あなたは心理的なドレイになるということを意味するからです。
好むと好まざるとにかかわらず、あなたからあなたの自由や個性は失われていくことになるということです。


★自由を失いたくないのなら、個性を失いたくないのなら、ゴッホのように生きることです。
たとえ、自分の家がなくても、食べるものがなくても、大好きなことをして生きることです。
自分のハートの鐘を鳴らす何かを選ぶのです。

結果を気にしていては何も始まりません。
この瞬間瞬間に、したいことだけを全面的に実行するのです。
そうすれば、あなたはけっして後悔することはないでしょう。

なぜなら、毎瞬毎瞬が、あなたの最高、最善の行為となっているからです。
わくわくするような生のきらめきが、そこにあるからです。

危険に満ちた生」の裏には、「至福に満ちた生」が存在するのです。



さて、あなたは今どちらを選びますか?

やはり、便利さや居心地のよさ、名誉や社会に受け容れられることを選びますか?

それとも、どのような結果になろうとも、自分のしたい何かを選びますか?
危険に満ちているけれども、自分のハートの鐘を鳴らす何かのほうを…。


わたしたちから始めよう! ―意識の変容はまずあなたから―

2011年01月10日 17:00


前回の「わたしたちから始めよう!―大好きなことを仕事にしよう―」の箇所で、下記のコメントをいただきました。
だれもが一度は考えたことのあるとても大切な質問だと思いましたので、今回はその回答をみなさんにもお伝えさせていただきたいと思います。


★ あるインディゴさんからのご質問 ★ 



「他者のためになるには、どうやったらいいんでしょう?」

「ゴッホのように絵を描いたりして、たとえそれが人々の心になにかしらの影響をあたえたとしても、世間の人は上っ面しか見ずにその奥にある本質は見分けられないのではないでしょうか?」

「僕が周りの人にアセンションや目に見えない存在の話をしても、『君は変わってるね』だけで終わります。
僕は別に人を導きたいわけでもないし、ただ単純に言いたいから言っているだけですが、こんな調子じゃいつまでたっても人の意識なんか変わるとは思えません」

「僕はよくこのことで悩んでしまいます。『どうすれば人の意識は変わるのだろうか?』と。
いまだにその答えは見つかりません。何かいい知恵はないでしょうか?」


★ 変えられるのは自分だけ ★



前々回、マイケル・ジャクソンの「Man In The Mirror」について、お話をしましたね。
(忘れた人は、再度読んでみてくださいネ)


僕は鏡の中の自分から始めるよ。
鏡の彼に変われと言うんだ。
これより明確なメッセージは他にない。
世の中をより良い場所にしたいなら
まず自分を見て、自分を変えることさ。



★つまり、意識を変えられるのは、唯一自分だけなのです。
自分しか変えられません。


他人を変えたい気持ちは、とてもよくわかります。
他人に対して、とりあえず自分のしたい話をすることはできます。
説明することはできます。
でも、他人を変えることなんて、基本的にできないのです。
いくらこんこんと話をしつづけても、その人が真に理解できて、納得できない限り、その人自身が変わることはないのです。
その人に任せておくしか手がないのです。
(変わるときには、自然に変わるのです)


他人を自分のようにしたい。これは非常に危険だ。
これは暴力をふるうことだ。
他人を自分と同じようにしようとするのは醜い。
自分の観点をほかの者に説明するだけで充分だ。
それを、他人事に首をつっこんでは、自分の信じることを他人も信じるように強いるのは、
われわれがいうところのいわゆる精神的暴力に等しい


この和尚のことばを、今一度振り返って考えてみてください。

★「和尚のことば」は、過去記事 正義を唱える戦争に「愛」はない に記載。


★人には自由意志と自由選択があるのです。
宇宙は、それらを人類に与えたのです。
だから、いつも見守っている守護霊や守護神でさえ、たとえその人にどのようなひどい問題点があったとしても、その人の意識を強制的に変えることはしないのです。また、できないのです。


すべては本人の人生であり、その本人の人生を尊重しているからです。
だから、本人が守護の神霊たちにアドバイスを望めば、与えてくれるでしょう。
心から祈れば、それに対する回答は必ず与えられるのです。

だから、まず自分が変わるのです。

でも、「自分はもう『目に見えない存在』のこともわかっているし、一般人より意識が高いと思えるし、これ以上どう変わったらいいの?」と思うかもしれません。

よく考えてみれば、自分を変えるところは、まだまだいっぱいあるはずです。
意識の上昇に限界はないのです。
宇宙の神さまになれるくらい意識を高めてみることです。
そうすれば、自分を高めることが、他者を高めることにつながっていることがわかってきます。
究極的には、自分=他者であるからです。

なぜって、最初はみんな同じ宇宙の源からやってきたのです。
どの魂も、同じところからやってきているのです。
でも、どんどん下降していって、思い思いの世界に留まったために、意識レベルも千差万別となってしまったのです。
最初は知っていたはずのいろんな記憶をすっかり忘れてしまい、ほんとうにびっくりするくらい意識が低くなってしまった魂もいるのです。

★いくら「目に見えない世界」のことを語っても、信じない人や、関心を持たない人たちというのは、記憶喪失となったとても気の毒な魂です。

これは、わたし事ですが、ある法律家に霊的世界の話をしたとき、「精神病院に行ったどう?」「それに、本を出すのはやめたほうがいい」などと言われたことがありました。
「出版の自由」があるにもかかわらず、人権を尊重すべき法律家が、こういうひどいことを口走るのです。
その人は過去から何度もひどい病気に罹っており、現在自分では歩けない状態になっています。
なぜ、そんなことになっているのだと思いますか?
このブログを読んでこられたあなたなら、もうわかりますね。


★ 縁なき衆生は度し難し ★



縁なき衆生は度し難し」ということわざがあります。
「人の話や忠告に関心を持たず、聞き入れようとしない人たちは、救いようがない」という意味です。

このことわざは、もともと仏教から生まれたものです。
仏の教えに全然関心がなく、その話を聞き入れようとしない人たちは、いくら慈悲深い仏であっても、救うことができないということを言っているのです。 



★世の中には、ほんとうに聞く耳を持たない連中が数多います。
聞く耳を持たないどころか、批難までしてきます。
彼らは「目に見えない世界がまったく感知できない」ために、何も気づけないのですが、その自分の無能さを棚に上げて、相手をおとしめ、嘲笑するのです。

こういう人たちのことを「無明の凡夫」と言います。
無明」とは、読んで字のごとく、まったく「明るくない」。
つまり、「道理に暗い」ということですね。

凡夫」とは、「誤った考え、煩悩に束縛されて迷っている人」のことです。
こういう人たちは、「仏さまでさえも救うことはできない」というのですから、結局放っておくしか手がないということです。

でも、「宇宙から来た異星人の魂をもつ人たち」は、「わたしたちが初めに生まれた真の世界」を思い出してほしくて、一生懸命語るわけですね。
仏さまよりも随分とおせっかいですが、深い愛があります。



わたし自身もそうです。
このブログで、いやというほど語っていますね。
自分の意識レベルにある真実を、不特定多数の人たちに説明しています。

たいていの人は、霊的なことに少しでも関心があるから、ここを訪れるのです。
このような内容に関心のない人は、まず検索で引っかかりません。
「まちがった」と思ったら、さっさと去っていきますよね。
何かに気づく前に「さようなら」です。

でも、このブログがきっかけで、何かしら気づいた人たちは、また訪問しようかという気になって、毎回読んでくださるようになります。
そして、それぞれの魂のレベルに合わせて卒業していかれるわけですね。  
(留年もOKですが、早く気づいて卒業してくださることを願っています。笑)

★こんなふうに個々に何かに気づき、悟り、意識レベルが高くなっていかれる人が多くなればなるほど、「日本人の集合意識」が、また「地球人類の集合意識」が、上昇していくのです。

そうすると、「目に見えない世界を信じない」という低い意識から「見えなくても存在する世界がある」という一歩進んだ意識へと変わっていくわけですね。


それを、ただただわたしは願っているのです。
このブログを読んでくださっている人のなかには、異星人の魂をもった方々もいらっしゃいます。
インディゴの魂もいらっしゃいます。
そんな人たちに感化されながら、わたしも日々成長しているのです。
だから、お互いに「ありがとう」と感謝し合いたいですね。


質問してくださったインディゴさん、心からありがとうございます!
来るものは拒まず、去る者は追わず」の精神でいきましょう!

最後まで読んでくださった訪問者さんも、心からありがとうございます!



わたしたちから始めよう! ―しるしに気づき、自らのおこないを顧みよう―

2011年01月14日 17:20



「しるしの見えない人間は最悪だ」

「ノ―アイズ、何の話をしているの?」

「しるしだ。目の前に変化のしるしがたくさん出ているだろ。
人間は盲目だよ! 見えないのだよ!」

「大地のしるしのことね」

「そうさ。ほかに何がある?」



「異常気象がどれほど起きても、その関係に気づかないでしょう。
変だねというくらい。
これほどはっきりしているのに、わからないのよ」

「そうさ。目が見えないのだよ」

  メアリー・サマーレイン著「グレートスピリットからの警告」より





★ 6千本のクロマツが死んでしまった ★



最近は、世界中で自然災害や災害による悲惨な出来事が起こっていて、何かしら心が暗くなりがちな毎日です。

先日、たまたま用事があって、鳥取県の弓ケ浜半島の国道431号を車で走ったのですが、日本海沿岸に9キロにわたって生息していたクロマツの多くが、真ん中から折れて裂けており、その無残な姿に唖然としてしまいました。

年末から年始にかけて降った記録的な豪雪が原因でした。
雪の重みで支えられなくなり、幹が折れてしまったのです。

このあたりの松を見ると、あまり長い枝がなく、すーっとまっすぐに伸びているのが多いのです。
雪が積もるとしても、頂上の頭の部分だけです。
裂けた幹は、松の木のちょうど真ん中あたりから下部にかけてです。
いったいどんなにたくさん積もったというのでしょうか。

インターネットのローカルニュースによりますと、折れたのは約6千本で、そのうち、8~9割は回復が見込めず、県は再来週ごろから伐採する方針を固めたということです。
伐採後は植林に取り組むけれども、元の景観に戻るのに最低でも20年はかかるということでした。


     クロマツの被害
        折れたクロマツと調査員


この光景を、こんなに近くでまざまざと見せつけられている理由を考えました。
「もうすぐこんなふうに人間もなるんだよ」
松たちの警告の叫び声が、いつまでもわたしの心に鳴り響いていました。



★ しるしに気づき、自らのおこないを顧みよう ★



★冒頭に記したのは、アメリカ先住民の子孫で、シャーマンの素質が豊かな著者のメアリー・サマ―レインと、霊峰ロッキーの山奥に住むチペワ族のシャーマンであるノ―アイズとの対話です。

このノ―アイズという人は生まれつきの全盲で、臭覚と触覚を頼りに生き、超感覚を使ってインディアンの古代知を身につけた最後の女シャーマンなのだといいます。

サマ―レインはこのノ―アイズと出会い、師として修業したのです。
この書は、地球を癒すために、今のわたしたちに何ができるのかということを気づかせてくれます。


「人は自分の思いのまま、生きるままを見る時が来る。
サマー、それを起こすのは人間だ。
自ら作り出しているのだ」

「そうね。自業自得」

「そうさ! それは太霊がなさろうとしている。
掃除の大きな部分だよ!
それが掃除の始まりだ」



わたしたちは真剣に自らのおこないを顧みることが必要です。
緊急に必要です!
すでに自ら浄化し始めた地球に取り残されないように。


わたしたちにできること―地球に感謝をささげよう!

2011年04月22日 14:00


★ 読者の質問にお答えする ★
  


単刀直入に聞きますが、どうすれば原子力発電はなくなるのでしょうか?
どうすれば役所や政治家、国のリーダーたちの意識を変えれるのでしょうか?
僕はいつも答えを探し続けています。しかしまだ見つかっていません。
いったいどうすれば未熟な高校生の僕に世界が変えられるのでしょうか? 
ヒントでも結構です。教えてください。



★ お答え ★



★「どうすれば原子力発電はなくなるのでしょうか?」という一つ目の質問ですが、
日本が、世界が、沈没したら、すべての原発が同時になくなるでしょう」ということをお伝えしておきます。
これは冗談なんかではありません。地球はそこまでやる気ですよ。

まずあなたは真に原発をなくしたいと思っておられるのでしょうか?
なくしたいのであれば、今原発でつくられている電力、つまり日本の発電全体の約30%分の電力を必要としないという意志をもって、省エネに徹することです。
それは、小学生でもできることですね。
みんなが意識的に節電に協力すれば、30%はクリアできるはずです。

★つぎの「どうすれば役所や政治家、国のリーダーたちの意識を変えれるのでしょうか?」についてですが、
基本的な考え方(他者の意識を自分の都合のよいように変えることはできない)を以前にもお答えしていますので、過去ブログ「わたしたちから始めよう!―意識の変容はまずあなたから―」を腑に落ちるまで繰り返しお読みいただきたいと思います。

★国のリーダーたちの意識がどうであろうと、わたしたちがやれることはあります。
国民がもっと抗議の声を、国会議員や電力会社にイヤというほど届けることです。
ドイツのように、おとなも子どもも一緒に、各地で大規模な抗議デモをやるということも効果があるでしょう



   ドイツのデモ行進1   ドイツのデモ行進2
★上の写真はベルリンで開かれたデモで、25万人が参加したといわれています。
行進するデモ参加者(2011年3月26日撮影)。(c)AFP/ODD ANDERSEN

   日本のデモ行進1   日本のデモ行進2
★10日、都内の東京電力(TEPCO)本社前などで、原子力発電所の廃止などを求めるデモが行われました。
写真は東電のイメージキャラクターのイラストを描いたプラカードを掲げるデモ参加者たち(2011年4月10日撮影)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA


政治家は、ほんとうは国民が一番恐いはずです。
選挙で投票されなければ、おしまいですから。
国民が本気で怒れば、彼らは考えを新たにせざるを得ないでしょう。
原発だって、地元住民が猛反対すれば、建設することは不可能なのです。
前回の記事に書いたように、各地の地元住民がうまく説得され、OKしたから成立したわけでしょう。(反対した人よりも賛成・同意した人の方が多かったということですね)

日本人はおとなしすぎます。
激しく意見を言いません。
人を信じすぎます。疑うということをしません。
国民はもっと賢くなる必要があります。

真実を知らないから、みんなどうしてよいのかわからないのです。
待っていても、だれも与えてはくれませんよ。
自分で実態を調べ、真実を把握することです。
たとえば、原発で働く人の生の声、真実の声を知ることです。

原発の現場の人たちも、もっと勇気を出して、国民にその実態を発信することが必要です。
前回紹介した平井憲夫さんのような現場の体験者のお話が、一番説得力があるのです。


まず実態を知ること。
国民にはそれを知る権利があるのです。
政府や原発に執拗に真実を問い続けることが必要でしょう。


★最後に、「いったいどうすれば未熟な高校生の僕に世界が変えられるのでしょうか?」というお尋ねですが、残念ですが、あなたが「未熟な高校生の僕」と思っている限り、世界は変えられないでしょう。
また、そんな「未熟な僕が世界を変えよう」と思っていること自体、尊大(横柄)だと思いませんか?

まず「高校生の僕」という制限を取り払ってください。 
そして、あなたの内側の世界を変えてください。
そうすれば、外側の世界は変わっていきます。
世の中の見方も変わっていくでしょう。



★わたしたちは世界のひどい有様を見て、「こんな世の中を変えなければ!」と思います。
何としてでも変えなくては!
わたしたちの多くは、そんな大いなる志を抱いて地球に生まれてきたのです。

でも、そう思っている自分自身が、じつは「以前と同じままの自分」であったりするのです。
以前と変わらないという事実」には、気づかないのです。

自分ですら変えられないのです。
そんな人たちが、どうして世界を変えることができるでしょうか?



政治家を批判することは簡単です。
でも、首相になったらなったで、大変なのです。
首相の大変さは、なった者でないとわからないでしょう。
今優先すべきことは何なのか? 
日本の行く末なのか、人類の行く末なのか、あるいは、自分の行く末なのか…。

物質次元にしか焦点を合わせていない人たちには、それが判断できないのです。
目の前のことしか見えていないからですね。
目の前のことしかわからない連中が多いからこそ、地球は津波や地震や竜巻などの現象を起こして見せているのです。

★今起こっていることは最悪のことなのではなく、「それは必要だから起こっている」のです。
自我の欲望で満ち満ちたこの「世の中の構造、仕組みを変化させること」が、今必要不可欠なのだということを知ることです。


マインドで生きるか? ハートで生きるか? 
過去記事でお話ししましたね。
考えてもわからないことは考えないことです。
マインドで生きる時代はもう終焉を迎えています。
再度ブログを読んでください。
答えはそこにあります。

これで、お答えになったでしょうか?


★ 拍手コメントから ★



ここで、過去記事「打てば響く人&響かない人」に対して、「拍手コメント」をくださった方の文面を載せさせていただきたいと思います。


初めまして こちらのブログに巡り合えて嬉しいです。ありがたいです。
アセンションの事は今 勉強中です。
原発 私も止めたいです。 
今週末 代々木での反原発デモに参加する予定でいます。
未来のために何かできたらと思います。


こんにちは 
私もアセンションのことは今までに19人の人に語ってきましたが 
ブログの見れる人5人には伝え、本も持っているだけ全て、読む方に渡していますが 
真剣に考えてくれる人は本当に少ないです。
原発は直ちに止め、他の方法に方向転換してもらいたいです。  
行動を起こすべきですね。



★共鳴してくださって、ありがとうございます。
このように、「自分でできることをしたい」、「何か起こそう!」という意識をもって、ひとりひとりが行動することが、世の中を変えていくのです。

★人の心を打ち、意識や意志を改めさせるような、強いすばらしい波動を出すことは可能です。

その人の強い願いや意志が送り出す思念エネルギー(念波)は、勢いよく振動します。
その人のもっている独特のオーラが周囲に伝播するように、そのエネルギーは遠くまでつき進み、相手に届くのです。

感化力」というのは、心の誘導によって生じます。
そして、「思念エネルギー」というのは、声に出す言葉よりも、はるかに力があるのです。

言葉に出して言えない人や行動できない人は、日本の政治家たちに自分の願いを「声なき声」として届けることもできるのです。
ぜひ、お試しあれ!



★実際に何らかの役に立ちたい人は、「原発反対の署名に参加」することもできます。
ブログ左サイドの下に「STOP原発!原発反対の署名ができるサイトの紹介」を貼っています。
項目が1~26ありますので、ご自由にお使いください。
 (22日16時10分更新)

★その後締め切られた内容が多いため、サイトの紹介は外しました。
関心のある人は下記サイトをご参照ください。(5月3日更新)
STOP原発!原発反対の署名ができるサイト




桜の花
   枝から顔を出した桜花たち  撮影 光の仕事人


もうひとつ、どんな人にでも、できることがあります。
それは、地球に「ごめんなさい」と「ありがとう」を言うことです。
数年前、ハワイの秘法「ホ・オポノポノ」が日本でも流行しましたね。

  ごめんなさい
  ゆるしてください
  ありがとう
  愛してる

この言葉を思い出してください。

今日一日地球に貢献できなかったなら、それを心から詫び、
そして今日一日無事に生かしてもらったことを、感謝するのです。

光はまずあなたから。
皆さんひとりひとりが、光の共鳴の連鎖を繰り広げていってくださることを、
心から願っています。



カルマの「断捨離」を実行しよう!

2011年05月21日 09:35


★ 堪忍袋の緒が切れるとは? ★



日本には、「堪忍袋の緒が切れる」ということわざがありますね。
堪忍(かんにん)」というのは、読んで字のごとく「堪(こら)え忍ぶ」ということです。
「耐え忍ぶ」、つまり「我慢する」ということですね。

「とても我慢できそうもない、苦しいことを我慢するのが、本当の堪忍である」ということを、「ならぬ堪忍するが堪忍」と言います。
堪忍のできる堪忍は誰でもする。とても堪忍できないようなことを耐え忍ぶことこそが、真の堪忍だ」ということです。

「堪忍袋」は、その「堪え忍ぶ度量」を「袋」にたとえた言葉です。
緒(お)」というのは、袋についている「ひも」のことですね。

若い人で「堪忍袋」がわかりにくければ、「ガマン袋」と解してもらえばよいかと思います。
その緒(ひも)が切れるということですから、ガマン袋にガマンが入りすぎて、パンパンになって、「もうこれ以上ガマンができなくなって怒りが爆発する」という意味です。

キレる(切れる)という俗語がありますが、この「堪忍袋の緒が切れる」が、語源のひとつとなっているのではないかと思います。


★この「堪忍袋」ですが、人によってその袋の大きさはまちまちです。
Aさん、Bさん、Cさん、みんなちがいますね。
その袋が小さければ小さいほど、ガマンがすぐに溜まってしまうので、しょっちゅう緒が切れて、小爆発を起こします。
袋が大きければ大きいほど、たくさんのガマンが入るので、なかなか爆発は起こりませんが、起こったときは凄(すさ)まじいことになるのが予想されます。

そして、その容量が大きければ大きいほど、怒りや憎しみ、悲しみなどのネガティブエネルギーが充満し、重くて持ちこたえられなくなって、ついには病気になってしまうのです。
小出しに出しているほうが、大事に至らなくてよい場合もあるのです。
そうすると、「堪忍袋は大きければいいってものでもない」ということになりましょうか。

ケガも小さなケガのうちなら、治りも早いですが、大きなケガをすると致命傷となります。
小さなケガやちょっとした病気が生じたときに、早くそのサイン(自分に何かマチガイがあるよということ)に気がつけば、早く対処できて、死ぬほどの痛みを味わわなくてすむということです。

気づき、心を入れ替える、意識を変えることによって、カルマがつくり出す大難を小難ですませることができるということですね。


この堪忍袋は、小さいから大きくしようと思っても、大きいから小さくしようとしても、人それぞれもって生まれてきた器というものがあるので、そう簡単に容量は変えられないと思われます。
よって、大きさにこだわるよりも、その中に入れる「諸々のネガティブエネルギーを何とかすること」にこだわったほうが賢明です。

世の中には「ガマンしなければならないこと」というのは、たくさんあります。
職場などの人間関係で、「ここで怒ったら、おしまいよ」と、ぐっと言いたいことを飲み込まなければならないことが、毎日のように起きている人たちもおられるでしょう。そんなときは緒をしっかりと結んでおくことも必要でしょう。

怒り、憎悪などを皆その袋に入れてしまって、ひとまず収めることはよいのですが、そのあと、必ずそのガマンの数々を袋から解き放つことが必要です。



★ 堪忍袋を空にする ★ 



★パソコンのデスクトップに「ゴミ箱」というアイコンがありますね。
ファイルを削除すると、一時的に保存される特殊なフォルダです。
削除したいファイルはどんどん「ゴミ箱」にためられるわけですが、また必要となったときには引っ張り出すことができます。
真に消去がされていないからですね。
すべてを消去してしまうには、「ゴミ箱を空にする」という操作をしなくてはなりません。
(この操作をして完全に削除されたファイルは、もう元に戻すことはできません)

わたしたちの「堪忍袋」も同様で、そのつど「袋を空にする」作業をしておく必要があります。
そうでないと、ひとつイヤなことを思い出すと、芋づる式にどんどん思い起こされ、忘れていた過去の怒りが倍増したりすることもあるからです。
溜まりっぱなしで放置しておくと、毒素が発生して、やがては爆発して、木っ端みじんになって、死に至ります。
ですから、常に「袋を空にする」作業を怠ってはいけないということです。

★「袋を空にする」という作業は、もう皆さんおわかりですね。
浄化をする」ということです。

あなたの堪忍袋の中をいつも点検し、ネガティブをポジティブで中和し、きれいなエネルギーにしてから、自ら緒をほどいて解放するということです。
周囲に迷惑がかからないよう、決して汚いままでは出さないことです。
浄化をしていない段階で緒が切れてしまったりすると、自分も、周りの人も、えらいことになりますから。
この作業を毎日おこなっていれば、病気になったり、ケガをしたり、何か怪しいものを引きつけたりすることはなくなります。



★地球さんの「堪忍袋」も、随分大きかったのでしょう。
気が遠くなるくらい長期間ガマンしつづけてきたために、ものすごい量の浄化をしなければいけなくなったわけですから。ほんとうに今大変です。
現在、地上での人類の悪想念が肥大すればするほど、地球さんの浄化の量も比例していくのです。
わたしたちひとりひとりが、自分自身の発するネガティブな波動、溜め込んでいるネガティブエネルギーを浄化していくなら、地球さんはかなり楽になるはずです。

切れた「堪忍袋の緒」が再生できるものかどうか、わたしにはわかりません。
ですから、「緒」が切れないよう、どうかご自分でうまく調整してくださいね。



★ 「断捨離」を実行しよう! ★



★「断捨離(だんしゃり)」という言葉が10年ほど前からはやっていたそうですね。
ヨガの「断業・捨行・離行」という考え方を応用したもので、「入ってくる不要なモノを断つ」、「要らないモノを捨てる」、「モノへの執着から離れる」ことで、身軽な生き方をしようという名案です。


わたしはこの言葉を長女から聞いて初めて知ったのですが、部屋の整理整頓や物を減らしてスッキリさせる方法として、主婦(やましたひでこさん)が提唱されたのだそうです。
モノがなかなか捨てられなかった長女は、いろんな本を読んで「断捨離」を実行してきたようですが、それでも捨てきれないモノが、まだまだたくさんあると言います。

使わなくても、それがあるだけで何か安心ができるモノというのは、捨てがたいですね。
何年経っても、使用しないモノ、タンスの肥やしになっているだけのモノは、処分するか、リサイクル、リメイクして、新たに使えるようにすることです。

わたしは母の形見の着物や帯を、マフラーやバッグにリメイクして使用しています。
二度と着用することがないだろうと思われた着物や帯が、高級感のある素敵なカバンに変容することで、それらの命がよみがえったわけです。

★「モノを救済する」ということは、大事にしまっておくのではなく、それを「喜んで使用してあげること」なのです。

不快なモノは「捨てる」こと、古くなったモノは「感謝して手放す」ことですね。

ネガティブな想念や執着を断ち、捨て、意識を変えてそれから離れるという「精神的な断捨離」を実行していれば、堪忍袋もいずれ不要になるかもしれませんね。
名づけて「カルマの断捨離」です。



風船の中には、何がつまっていますか?
何かガラクタがいっぱいつまっていたら、風船は重くて飛んでいくことができませんね。
天に向かってどんどん上昇していけるように、空っぽで軽やかになりましょう。





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