神と悪魔の闘い その1 ―神がアダムに禁じたこと―

2010年11月26日 08:25


★最近のブログの内容が深刻になってきたため、ちょっと趣向を変えてみることにしました。
エホバ」については、このシリーズを読み進めていかれるうちに、徐々にわかるようになるでしょう。
伝えたいことが多くありすぎて、気がついたら毎日更新していました。
このブログは、不特定多数の読者に、気づきを得ていただきたいために書いていますが、同時に自分自身のさらなる気づきを促すためでもあるのです。
ですから、書くことに時間を費やすことは苦ではなく、その瞬間瞬間を楽しんでいるのです。

毎回訪れてくださる方々の心の琴線に触れることができるなら、この上ない幸せです。
愛のこもったコメントは、ありがたいと感謝の気持ちでいっぱいになります。
だから、また書きたくなるんですね。応援ありがとうございます。

★今回は、うちの愛猫たちに登場してもらうことにしました。
彼女たちのおしゃべりを気楽に聞いていただきたいと思います。


     ユニコとピャーラ
     (上にいるのがメリーで、下にいるのがビーです)


メリー:ビーちゃん。あなた、最初に生まれた人間が「男女両性具有」だって、知ってた?

ビー:えーっ、そうなの? 知らなかったわ―。でも、今、人間って、完璧に男と女に分かれてるわよ。ネコもオスとメスしかいないし…。

メリー:神は最初、男女両性具有の人間をつくったんだけどね、その人間がどんなふうにして子孫をつくったらいいのか、どーしても、わからなかったらしいのよ。

ビー:へーっ! 神サマでも、わからないことってあるんだ!

メリー:まだ知らなかった人は、過去記事「人が地球に生まれた理由 その1 原初のアダムは男女両性具有だった (11/21)」を読んでね。


★ 神がアダムに禁じたこと ★



メリー:アダムはエデンの園に連れて行かれてね、そこを耕し、守るように言われたのよ。そのとき、神がアダムに禁じたことがあったのよね。

ビー:どんなこと?

メリー:神はね、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてもよろしい。だけど、『善悪を知る木』からは取って食べてはならない」って言ったのよ。

ビー:また、どうして?

メリー:「それを取って食べると、きっと死ぬだろう」っていうわけよ。

ビー:ウッソ―! きっとその木に生ってる実がおいしかったからよ。だから、神はアダムに食べさせたくなかったんだわ。

メリー:ビーちゃん、神の気持ちがわかるなんて、スゴイじゃない! 
でも、アダムはまじめに神の言いつけを守っていたのよ。
そのうち、神は人がひとりでいるのは良くないからって、アダムを深く眠らせて、あばら骨の一つを取って女の人をつくったの。それがイヴ。

それからアダムとイヴは、そのエデンの園で仲良く暮らしていたんだけど、結局この神の怒りを買ってエデンの園から追放されちゃうのよね。 
その話はあなたも知っているでしょう。あまりにも有名だもの。

ビー:……???

メリー:ニャ、ニャに? 知らない?(ビー、こっくりうなずく)
ぜひ聞かせてだって?
わかった、まだ知らないあなたのために話をするわ。

ビー:ありがとう!

メリー:あなた、さっき神がアダムに命じたこと、覚えてます?

ビー:えーっと、『善悪を知る木』からは取って食べてはならないってこと?

メリー:そう。ところが、あるとき、ヘビがイヴにささやいたの。
あなたがたはけっして死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを神は知っておられるのです」ってね。

それでイヴはその実を取って食べ、いっしょにいたアダムにも与えたの。
すると、ふたりの目が開けてね、自分たちが裸ん坊であることがわかったの。それで、はずかしくなってイチジクの葉をつづり合わせて腰に巻いたらしいのよ…。

ビー:へーっ、そうなんだ! それで、神サマはどうしたの?

メリー:そりゃー、カンカンよ。
アダムはイヴがくれたからだと言い訳をするし、イヴはヘビがだましたからだと言い訳をするしね。
神はモーレツに怒って、「野のすべての獣のうちで、最も呪われるだろう」と、ヘビにうらみつらみを言うのよね。
それからイヴには「産みの苦しみをおおいに増す」と言い、アダムには「一生苦しんで地から食べ物をとる」とおどし、「あなたはちりからつくったから、ちりに帰る」なーんて、さんざんイヤミを言って、とうとうエデンの園から追っ払っちゃったのよ。

神は禁じていたにもかかわらず、人間たちがそれを守らずに『善悪を知る木』を食べたことが、とってもショックだったのよ。

ビー:人間に裏切られたって、思ったのかしら?

メリー:そうかもね。(メリー、旧約聖書を読む)
見よ、ひとは〈われわれ〉のひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手をのべ、『命の木』からも取って食べ、永久に生きるかもしれない

ビー:「善悪を知るものとなった」ってことは、最初は善悪を知らなかったってこと?

メリー:そういうことね。
「善悪を知る」ってことは、ひとつのものを、何でもふたつに分けて対立させる考え方に、目覚めたってことね。
つまり、二極性を知ったってこと。
神は二極に分裂することを、ひどく嫌っていたのよ。
とにかく人間が、また自分たちのように相争うようになることを望んでいなかったから。

ビー:むずかしいニャー。

メリー:神はね、今度は『命の木』の果実も食べて、永久に生きるかもしれないって、とても不安になったのよ。人が神と同じようになったら、困るからね。


★ 人が『命の木』の実を食べると神が困るわけ ★



ビー:ねぇ、メリーたん、『命の木』の実を食べると、どうして神が不安になったり、困ったりするの?

メリー:知りたい?

ビー:もっちろん!

メリー:この『命の木』の実を食べるとね、ホントは人間も〈われわれ〉と言っている神たちと同じ神聖な起源、つまり、宇宙の始原の〈一〉から来たのだということを思い出すことができたらしいのよ。
だけど、彼らは、人類がホントはどこから来たのか、その起源を知ってほしくなかったのよ。
ビー:へーっ、さすがメリーさん、よく知ってらっしゃるわねー。
でも、そんなことなら、最初から食べてはいけない木の実なんて、教えなきゃよかったのにねー。

メリー:そうよねぇ。エデンの園には、食べきれないほどのありとあらゆる果実があったらしいのよ。
それなのに、わざわざご丁寧に「これ!」って指さしたものだから、アダムもイヴもしっかりと覚えてしまったのよ。

ビー:「だめ!」って言われりゃ言われるほど、食べてみたくなるよね。
ニャンコだって、おいしそうなカツオブシの袋が置いてあったら、ダメって言われても、すなおに飛びつきたくなるもんね。そんな心理を、この神サマはご存じなかったのかしら?
それとも、人間を試してみたのかしら? 
どれだけ人間が神サマに従順でいられるかってことを?

メリー:それは、われわれニャンコにも、わからニャいねぇ…。



★ 光の仕事人からの感想 ★



アダムもイヴも、結局神の言いつけを守らなかったわけですね。
やりましたねぇ! わたしはここのところ、アダムとイヴが神に逆らったところが、とても好きです。だって、彼らは「あやつり人形」じゃなかったのですから。
神の顔色ばっかり見て、言われるがままに従っているドレイなんかではなかったのですから。

人間に『知恵の果実』を食べられてしまったということは、神にとっては致命的なことでした。
神は人間を二極性(ふたつに分裂した考え方)を知らない状態、無知のままの状態にしておきたかったわけですが、もうひとつ理由があったように思うのです。
それは、自分たちの言うことを忠実に守る「神のしもべ」にしておきたかったからです。
もし、無知でなくなったら、人間は自分の思いのままに生きたがって、けっして神に服従などしなくなるからです。

でも、アダムとイヴは突如知性をもつ人間へと変容しました。
その手助けをしたのが、ヘビだったのです。

ヘビは邪悪なものの代表で、聖書では「悪魔」ということになっていますが、この「悪魔」というのはたいしたものです。人間を知に目覚めさせたのですから。

数ある地球文明はE.Tたちが残したものではありますが、彼らが去ってからも文明は開花しつづけました。
もし、アダムとイヴが神の言いつけ通りにしていたら、未だにエデンの園で裸ん坊のまま、木の実だけを食べて生きている存在だったかもしれません。
それは、この悪魔と呼ばれるヘビの貢献によるものだったと言ってもよいのかもしれません。

このヘビと呼ばれるものの正体は何でしょうか?
神とヘビとの闘いは、これからもつづきます。
次回をお楽しみに。

神と悪魔の闘い その2 ―人類を絶やそうとした神VS守ろうとした神―

2010年11月27日 17:45


★ ノアを洪水から救ったのは、だれ? ★



今回も、わたしの愛猫メリーとビーに語ってもらいます。


メリー:ねえ、ビーちゃん、「ノアの箱舟」って、知ってる?

ビー:知らないニャン。

メリー:大昔、地球にものすごい洪水が襲ってきたことがあってね、そのときにノアという人が、自分の家族やいろんな動物を乗せて逃げた舟のことよ。
舟に乗った人や地下に逃げた人は助かったけど、逃げ遅れた人間や生き物はみんな死んでしまったのよ。

ビー:ノアさんは、洪水が来ることを知っていたの?

メリー:そう。教えてくれた人がいたみたいよ。だれだと思う?

ビー:ねずみさん?

メリー:ま、まあ、それもあるかもしれないけど。洪水を予測できるなんて、たぶん、神サマみたいな人だと思わない?

ビー:たしかに、そうだニャん。

メリー:でもね、ビーちゃん、ちょっと聞いてよ。
神は洪水が押し寄せてくるのを知っていて、それを使って人間を滅ぼそうとしていたのよ。

ビー:えーっ! ひどいじゃないの。どーして、そんなことするのよ。

(メリー、旧約聖書を読む)

主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、『わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる』と言われた
」 (創世記 6.5~7)

「時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
神が地を見られると、それは乱れていた。
すべての人が地に上でその道を乱したからである。

そこで神はノアに言われた。
『わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう』
」 (創世記 6.11~13)

メリー:それで、神が「正しい人である」と認めたノアと家族に箱舟を作らせて、さまざまな生き物を乗せて逃げるように命じたのよ。
それで、洪水が起こったとき、ノアとその家族と生き物たちは救われたって、ここに書いてある。でも、これはありえないニャ。

ビー:ありえないって? 

メリー:神が善良なノアじいさんに箱舟を作らせて、逃がしてあげるはずがないってことよ。

ビー:どうして? あたしにもわかるように説明してくださいニャ。

メリー:もう一度「創世記 第6章」を読んでごらん。
神は「すべての人を絶やそうと決心した」のよ。
それだけじゃない。「人も獣も、這うものも、空の鳥までも、わたしは、これらを造ったことを悔いる」って言っているのよね。
それなのに、どうしてノアや他の生き物を箱舟に乗せて逃がす気になれる?

ビー:それは、ノアさんが正しい人だったからでしょう。

メリー:(首をふりながら)神は、もう人間にあきあきしていたのよ。いくら正しく生きているからといっても、特別にだれかを助けたりするようなことはないニャ。断言するわ。

ビー:じゃあ、ノアさんを助けたのは、いったいだれなの?

メリー:それは、別の神だったのよ。
ビーちゃん、覚えている? エデンの園でイヴに善悪を知る『知恵の果実』を食べるようにすすめたものがいたよね。

ビー:あー、ヘビさんね。

メリー:じつは、あのヘビが洪水から人間を救った神だったのよ。

ビー:まさかぁ! そんなこと、あるはずがないでしょう。
第一、ヘビは神でなくて,悪魔でしょ。

メリー:そう言うと思ったわー。
そりぁあね、嫉妬深い神からは、ヘビだの、悪魔だのと、ののしられていたわよ。
それは、嫉妬深い神が勝手にそう言っていただけのことよ。
人間にとっては、ヘビもやっぱり神だったんだから。

ビー:えーっと、どの神サマ? 神サマの区別がつかなくて、わかりにくいわ。

メリー:じゃあ、自分を「唯一の神にしておきたい権威的で嫉妬深い存在」を「父神」と呼ぶことにするね。
父神が好んだのは、〈〉よ。それに対する〈服従〉と〈〉を与えること。
それから、〈嫉妬〉と〈復讐〉と〈子羊の肉〉ね。

ビー:子羊の肉? な、なんだか怪物みたいねぇ。

メリー:父神がどんな〈掟〉を人間に与えたか、どれだけ多くの〈掟〉を守るようにさせたかは、旧約聖書を読むとわかるよ。
そんな「父神」に対して、ヘビとか悪魔って呼ばれていた神を「母神」と呼ぶことにするね。
ヘビ神は、人間に対して、母のようにとても愛情を感じていたんだから。

ビー:嫉妬深い父神と、愛情深い母神ね。OKニャン。

メリー:父神にヘビ呼ばわりされていた母神はね、「人間は本来自由なんだよ。自分の好きなことをして生きていいんだよ。だれかに服従する必要なんてないし、どうするかはすべて自分で選ぶことができるんだよ」ってことを、人間たちに教えたかったのよ。
「選べる」ってことは、少なくとも二つ以上の選択肢があるってことね。

人間にも〈自由意志〉があって、それを使うことができるってことを知ることは、人間にとってはすごくハッピーなことだったにちがいニャい。

ビー:どうして?

メリー:ニャ? 
なぜって、〈自由意志〉は、宇宙の始原の〈一〉なる存在が、宇宙のすべての生命体に与えた特権だったからよ。
最初から何を選んでもいいって、許されているのよ。
そして、自分がどこから来たのか、その「神聖な記憶」をよみがえらせるのに、〈自由意志〉っていうのは必要不可欠な要素だったのだから……。


ビー:それじゃあ、悪魔って呼ばれたヘビのほうが、ずっと人間のことを考えていたってことね。
父神はガミガミお説教ばっかし。イヤミは言うし、ケチだし…。
それじゃあ、どこかのおカミさんと変わらないじゃないの? 
ねぇ、メリーたん?

     メリー先生は、お昼寝のもよう…。 メリー:Zzz…。

        ユニコとピャーラ   




★ 光の仕事人からのお話 ★

   ―神が人類を滅ぼそうとした理由― 


神は地上に洪水を起こして、(正しくは地球を襲う洪水を予測して)人類を滅ぼそうとしました。
その理由は、「暴虐が地に満ちたから」だというのです。
その「暴虐」とはいったい何なのでしょうか? 

旧約聖書「第六章」の初めには、このような記述があります。

人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生まれた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人のなかにとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。
そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。
これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。 (旧約聖書 「創世記」第六章1~7)

時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
神が地を見られると、それは乱れていた。
すべての人が地の上でその道を乱したからである。
そこで神はノアに言われた。
「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、私は彼らを地とともに滅ぼそう」 (旧約聖書 「創世記」第六章11~13)



ここで言う「暴虐」とは、若い神々が人間の娘たちと性行為に走り、罪を犯したということです。『堕ちた神の子たち』の行為は目に余るものがあり、その罪は明らかでした。
罪の責任が神々のほうにあるにもかかわらず、人間がその罪を着せられて抹殺されることになったというのが、真相なのです。まったくひどい話ですね。

旧約聖書には、神は、「正しい人であると認めたノアと家族」に箱舟を作らせ、神が創ったさまざまな生き物を乗せて逃げるように命じたので、洪水が起こったとき、ノアとその家族と生き物たちは救われたと、記されています。
でも、ここのところは実際とは随分ちがうのです。

愛猫メリーが言っていましたね。
善良なノアに箱舟を作らせて逃がしてやった神は、人類を絶やそうとした神とは別の神だったのだと。

★だいたいすべての人を絶やそうとしている神が、なぜノアだけ助ける気になれるでしょうか。
神は人間に失望してしまったのです。自分が考えていた理想の姿はすでに消え去っています。
自分たちが造ったものが失敗だったとわかったとき、そのすべてを消滅させたいという気持ちが起こるのは、当然だともいえます。
ただし、「問題があったのは、神の子たち」だったわけですが、この神は「問題があるのは、人間」だと決めつけてしまったのです。

ここでは、ノアがいくら正しく生きているからといっても、神が特別にだれかを助けたりすることは考えにくいです。破壊するときには、すべてを破壊するはずです。
父神(琴座成人)は、ノアを逃がそうなどとは夢にも思っていなかったことでしょう。




★ ヘビはシリウス星人のシンボルマークだった ★



★じつのところは、その計画を知ったシリウス星人が、密かに人類救出を試みたのです。〈ヘビ〉というのは、シリウス星人のことだったのです。

シリウス星人たちは〈ヘビ〉によって象徴されていて、彼らが常に〈ヘビ〉をシンボルマークにしていた」という情報を得たのは、リサ・ロイヤル氏がチャネルする「ジャーメイン」からでした。

この内容とちょうど重なる情報を、わたしはゼカリア・シッチン氏の著書「人類を創成した宇宙人」と「神々との遭遇」の中からも見出しました。

シッチン氏は、「人類を洪水から救ったのは、シュメールの神々のうちのひとり、水の神・エンキだった」と語っていたのです。

★彼の著書には、エンキの兄エンリルが大洪水で人間を滅亡させ、一掃してしまおうとしたことや、エンリルが洪水以前からペストのような疫病で人々を滅ぼそうとしたことが記載されており、エンキがその計画を実行しないようエンリルに訴えている箇所が載せられています。
そのエンキという神がヘビの形で象徴されていたというのは、単なる偶然ではないでしょう。

当時シュメール人は人間の守り神をヘビの姿として描いたようです。
その守り主であるエンキ=エアという名の神は、海水の主であり、知恵の神としても知られていました。また、彼のシンボルとして、ヘビが使われていたといいます。

エンキには、異母兄弟のエンリル(空中の支配者)と、同じく異母妹のニンフルサグがいました。
シッチン氏によりますと、エンキは地球に来て、ニンフルサグ=ニンマフ(母なる女神と呼ばれ、のちにマムウと呼ばれた)と共に地球人種を造った代表者なのだそうです。

遺伝子操作を駆使したエンキは、二重螺旋DNAが絡まった形をヘビに見立て、そのあだ名がつけられたといいます。

★エンキのあだ名が「ヘビ」であったことについて、シッチン氏は次のように述べています。 

創世記での「蛇」を示すヘブライ語はナハシュである。
この言葉には二つの意味があった。「秘密を知っている、あるいは秘密を解決する彼」という意味と、「銅の彼」という意味であった。
この二つの意味は、エンキのシュメール語のあだ名ブズルに由来しているようだ。
ブズルとは「秘密を解決する彼」と「金属鉱山の彼」の両方を意味した。
実際に、エンキを表すのにしばしばつかわれたシュメールのシンボルは蛇であった。
(ゼカリア・シッチン著「神々との遭遇 上」より)



シッチン氏によると、最初エンキは、ニビルと呼ばれるアヌンナキの母星から地球に来て、地球の支配者となりましたが、その後父のアヌが、自分の正式な長男であったエンリルを地球に送ったため、エンキはアブズでの金鉱石採掘の監督に左遷させられたといいます。
エンキが地球の支配権をエンリルに奪われたため、両者のあいだに敵対関係が生まれたというのです。
とにかく仲の悪い兄弟神だったんですね。

後に洪水が起こることを利用して地球人種を滅亡させようと計画したエンリルに対して、その方法をよく思わなかったエンキは、人間にそれを知らせて船を造るように促しました。
そのことを描写したシュメールの円筒印章がありますが、そこにはヘビの神エンキが、洪水の極秘情報を漏らしている様子が描かれています。(神々との遭遇 上 P135)
このようにエンキは、常にエンリルに逆らっていたのです。

旧約聖書はシュメールの原典を基にしているので、そこに登場するヘビは、父神=ヤハウエ=エンリルに対抗する「ヘビの神エンキ」だったと見てよいでしょう。
(★ただし、エンキがニビルと呼ばれるアヌンナキの母星から地球に来たというゼカリア・シッチンの説は、真実とは異なっているように思います)

この異母兄弟エンキとエンリルの関係が、シリウス星人と琴座星人の関係とそっくりであることは、もうあなたにもお解りのことと思います。

(ジャーメインは、「エンキはシリウス系グループを表している」と述べています。
リサ・ロイヤル&キ-ス・プリースト共著 「プリズム・オブ・リラ」 星名一美編訳 少冊子「隠された神々」参照)

ともかく、シュメールの兄弟同士の争いにしても、異星人同士の争いにしても、人間の存続を願ったのは、正統とされた神のほうではなく、二次的存在であったヘビ神のほうであったことには、まちがいはなさそうですね。

このように、人類とヘビとは切っても切れない縁があります。
ヘビはそれほど多大な愛情と貢献を人々に与えてきたのです。
しかし、真実を知らなければ、悪魔として嫌悪される否定的な存在となります。

ヘビ(シリウス星人)が人類を救い、そして知に目覚めさせたのです。
両極性(二極性)があること。選択の自由があること。
そして、何ものにも支配されない自由があるということを。

蛇と呼ばれた神々 

2010年11月29日 23:05


★ 日本の蛇神たち ★



2004年の5月、わたしは奈良県の飛鳥(あすか)を散策した帰りに、大神(おおみわ)神社に立ち寄りました。

そこには大物主大神が祀られていますが、この大物主は蛇のかたちで信仰されている神でもあるのです。
「巳(み)の神杉」と呼ばれる古い大杉の前には、卵や酒が供えられていて、そこで人々が手を合わせる姿を見かけました。

もともとその辺りに栄えていた出雲系の三輪君(みわのきみ)族、大神氏が、三輪山に棲む蛇神を祀ったことから始まったという説がありますが、その蛇神が大物主なのです。

★蛇神は水神、雷神の霊能を持ち、水を施し、豊饒をもたらす農業の神でしたが、のちに酒造の神、薬の神としても崇められるようになったと伝えられています。


三輪山神話」には、こんな伝説があります。
イクタマヨリビメに、夜ごとに男が通ってきて、だれかわからぬまま彼女は身ごもります。
両親は、糸巻きの糸を針に通し、針を男の着物の裾に刺せと教えます。
翌朝、糸をたどっていくと、美和山に続き、神の社で終わっていました。
それで男が「三輪山の神」であることがわかったという内容です。

また、「三輪山の神が蛇の神である」という言い伝えは、「日本書紀」の「雄略天皇七年の七月の条」にもみられることから、蛇神が存在したことは史実と思われます。

ほかにも、この大物主は、出雲の国造りの大国主大神と同一の神だという説があります。
またはオオナムジ(大国主大神のこと)の幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)であるとも言われています。

つまり、大国主大神が自分の御魂を祀ったのが大物主だということのようです。
三輪山の神は大地の主の蛇」であるが、「大地の主である大国主も蛇であった」ということですね。

大物主が、物部氏の祖であるニギハヤヒ(正式名 天照国照彦 天火明 櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこ あめのほのあかり くしたまにぎはやひのみこと)別名火明命であったという説もあります。
わたしはその説を支持しますが、そのニギハヤヒが共に国を造り上げた先住民の代表であるアビのナガスネヒコも、「」だったのです。

アビは、アイヌ語や朝鮮語で「」を表すことばです。
ナガは長いという意味もありますが、ナーガ(サンスクリット語で蛇を意味する)を「」というふうに解釈すれば、蛇神を祀る三輪山とかかわってきますね。
ニギハヤヒ火明命(ほのあかりのみこと)とも呼ばれるため、蛇神信仰と火神信仰が合体して、「アビのナガスネ」になったのかもしれません。
どちらにしても、日本という国の原型を造り上げた「出雲系の神が蛇」であることにちがいはなさそうです。


★ 世界中に見られる蛇の神 ★



★日本に限らず、「蛇を神として信仰する」のは、世界中の至る所に見られますね。
神話や伝説がたくさんあります。たとえば…。

*中米アステカ族の神話の全能神で、緑色の羽毛の翼をもった大蛇の姿で象徴されるケツアルコアトル
 
*北欧神話に登場する巨大な蛇、ミドガルズオルム
 
*古代オリエント、アッカド神話の神々の母で、水の象徴、海に棲む巨大な蛇の姿で表されることもあるティアマト 
 
*エジプト神話のコブラの女神、ウアジェト

*インド神話の蛇神族、ナーガ

*中国神話の創世神話の夫婦神でもあり、偉大な王とも言われる伏義(ふっき)と女媧(じょか) 


…など。


★太古の人々にとって、蛇は特別視された生き物でした。
それは、まちがいのない事実です。
でも、なぜ蛇を神として祀るようになったのでしょうか?

長い間わたしはそのことを疑問に思っていました。
普通に考えて、爬虫類である蛇を信仰する理由が理解できにくいからです。
しかし、人々は「巳(み)―さん」と親しげに呼び、特に白蛇は縁起がよいとして、丁重に祀ってきました。
いったいなぜ人々は蛇に手を合わせるのか…。

その謎は、今はすでに解けていますね。
長年にわたってさまざまな情報を集めた結果、蛇が異星人と深い関わりがあったことを突き止めたからです。
前回までの記事で、地球人創造計画に関与していたE・Tについて簡単に述べましたが、プレアデス星人たちと共に地球人育成にかかわっていたシリウス星人が、蛇によって象徴されていたということを思い出してくださいね。(前回の記事参照)


★ イエスを蛇とみなしたグノーシス ★



あなたは、「拝蛇教徒」といわれる人たちをご存知でしょうか? 
呼んで字のごとく、蛇を拝み奉る教徒たちのことです。初期キリスト教の一部であったグノーシス派の一派オフィス派がそれです。

★「グノーシス」とは、古代ギリシア語で「知識・認識」を意味します。
この「グノーシス」をもたらすのが「蛇」であり、同時にその「霊智」なるものをもたらすのが「イエス・キリスト」であるということから、彼らは、「蛇をイエス・キリストとして崇拝した」のです。
(旧約聖書に登場する「イヴに知恵の果実を食べるように勧めた蛇」を、「イエス・キリスト」だと見なしている)


そもそもグノーシス主義によれば、宇宙の形成者・世界の創造そのものが、悪の根源なのであって、旧約の創造神を悪神と考えているのだから、興味深いですね。
ナグ・ハマディ文書」の訳者で著名な荒井献氏は、蛇の価値づけについて、次のように述べています。

旧約聖書「創世記」巻頭の創造神話に対するグノーシス的解釈においては、エデンの中央に生えている「善悪の知識(グノーシス)の木」からとって食べることを禁じた「主なる神」とそれからとって食べることを勧めた「蛇」とは価値付けが転倒し、前者は人に「知識」による救済の可能性を閉ざす負的存在、後者はそれを開示する正的存在、つまりイエス・キリストの予型として位置づけられるのである。
(荒井献訳著 「ナグ・ハマディ文書Ⅰ救済神話」より)


サタンとされる蛇をキリストとみなしているのは、知識・認識を何よりも重んじるグノーシス主義側の価値観からきているのです。

16世紀のドイツのある金貨の表には「十字架に架けられたキリスト」が、裏には「十字架に架けられた蛇」が彫られていますが、キリストと蛇は救い主として同義であることがわかります。

それについて、ジーン・クーパーは、「十字架あるいは柱に架けられた蛇は、世界の救済のために〈生命の樹〉に架けられたキリストの原型である」と言っているのです。


★ 仏陀は蛇だった? ★



これは、全く蛇足(笑)かもしれないのですが、ブッダは漢字で「仏陀」と書きますね。
「陀」の右の「」は、「」の古字です。
」は、ハブのような頭の大きい毒蛇の象形文字なのです。
元々は「它」のみで「蛇」を表しました。



仏陀像 られて瞑想する仏陀坐像
  蛇の王 ナーガラージャ   蛇の上で蛇に守られて瞑想する仏陀


写真のように、仏陀が蛇に守られている像がたくさん作られているのも、蛇と関わりがあるからだと言えます。
古い仏典のなかには、弟子たちが仏陀を讃えるつぎのような詩文があります。


「仏陀よ、あなたはナーガ(蛇)の名をもち、もろもろの奇跡を行なう者のうちの七人の聖者のひとりであります」(『長老の詩』1240)

「両足をもつ者の最上者よ。この神のなかの神をわたくしは礼拝します。わたくしはあなたの子として生まれ、大勇者にしてナーガの正系なるナーガを礼拝します」(『長老の詩』1279)



★仏となったゴータマ・シッダールタは、「蛇系グループの科学者」と「マーヤ夫人」とのあいだに生まれた子だと主張している人たちがいます。

マーヤ夫人がシッダールタを身ごもる前に、遥か遠い天から六本の牙を持つ純白の象が降りてきて、麻耶の右わき腹から腹に入った夢を見たという伝説がありますね。
そこに登場する「白い象」というのは、「ナーガ」だったと言っている学者さんがいるのです。(戸来優次著『複製された神の遺伝子』同朋舎 参照)

つまり、これは、母が人間で、父が「蛇系グループの科学者」だったという説です。
マーヤ夫人は、蛇を信仰する蛇族の出身だという説もあるようですから、まさに「ゴータマ仏陀は、蛇とは切っても切れない縁がある」といえるでしょう。(つづく)


蛇神がもたらしたもの 

2010年12月01日 19:00


★ 蛇には母のイメージがある ★



蛇神というのは、父というよりは、母としてのイメージがとても強いですね。
蛇の古名にハハというのがあります。
昔、日本では大蛇(おろち)を羽羽(はは)と呼んでいたようですし、沖縄・奄美に生息するハブは、ハハとヘビの中間語だと考えられます。

脱皮するヘビ」は、「子どもを産むハハ」という神秘的な生命力と重なって、関係づけられます。
縄文時代には、妊婦を象った土偶が多く見られますね。
縄文時代は、蛇を表す縄目模様を貴重とする時代でもあったのです。
当時の人々にとって、蛇と母は重なり、また、同様ともいえる存在だったのではないでしょうか? 

アイヌ語で神を表す語は「カムイ」です。
それは、日本語の「カミ」に共通する祖形であるようです。
縄文語で、「ムイ」という語があり、それは「」を意味するからです。

アイヌの長老たちは「カムイの真の姿は長もの(蛇)」だと言っていたことや、縄文中期の土器がほとんどマムシを表現していることや、とぐろを巻く蛇を頭に乗せた女神像の土偶が多く出土されていることから、蛇は大地母神のシンボル的存在だったと言ってもよいのではないでしょうか。



★ 二匹の蛇が絡んだ姿は
     DNAの二重螺旋構造を示している ★




出雲大社 しめ縄
出雲大社 しめ縄


神社のしめ縄は、やはり蛇を連想させますね。
蛇が縄へと転化し、それが縄文式土器の縄目の文様になったのだとしたら、そこまで縄文人の精神的象徴となった蛇は、やはりタダモノではなさそうです。

しめ縄に象徴された「二匹の蛇が絡んだ姿」は「DNAの二重螺旋構造」を示していて、『生命の樹』を暗示しているようにも思えます。

先日紹介した理学博士の戸来優次氏は、その著『複製された神の遺伝子』の中で、
二匹の絡んだ蛇が生命の樹に見立てられたのは、生命の樹が生命科学、生命操作技術を示しており、生命操作に必要不可欠な物質がDNAで、その姿が二匹の絡み合った蛇の姿とうり二つだったからに他ならない
と述べていますが、その記述は、エンキにつけられたあだ名を思い出させられますね。

また、中国の蛇神である伏羲(ふっき)と女媧(じょか)の絡み合った姿や、天の御柱を廻って国生みをしたイザナギとイザナミを彷彿させます。

天の御柱の廻りは、蛇がとぐろを巻く姿と関係しているように思いますし、イザナギイザナミにつけられたナギナミは、やはり蛇を表すことばだと考えられます。
とすれば、人類は蛇によって生み出されたというほかないのではないでしょうか?


    中国の神  中国の蛇神 伏羲と女媧


「神と悪魔」に象徴されるニ極同士の戦い ★



旧約聖書では、蛇は邪悪なものの代表で、悪魔として取り扱われています。
でも、この悪魔の貢献によって地球文明は開化したといっても過言ではないのです。
(教会が説く)が、権威と権力と支配そのものなら、悪魔は、知恵と知性と自由そのものであるからです。

太古の昔から、世界中で神に逆らってきたのは、知性にほかなりませんでした。
神に逆らうこと自体が、無能・無知ではないという証拠です。

しかし、神(教会)に逆らうものはいつも悪魔(魔女)とののしられ、神の名のもとに罰せられてきたのです。
ただし、それは常に神が正当であるという前提においてです。
神が正当だとするなら、悪魔も正当なのです。
二極性で成り立つ世界に存在する限り、どちらも同等だからです。
優劣は、その時々の数の多さで決められているだけで、状況が変われば逆転します。

世界中に存在する「神と悪魔の物語」に象徴されている「相反する者同士の戦い」は、
この世界には必ず二極があり、未だ両極統合の解決がなされてはいないのだという真実を、わたしたちに教えてくれています。


神々は自分たちの欲望のために気に入らない者たちを殺そうとしたり、所有地や創造した地球人種をめぐって対立し、争ってばかりいたのです。
シュメール文献、エジプト神話、旧約聖書、ギリシャ神話、インド神話、日本神話、その他種々さまざまな神話には、神々の争いが記されていますね。

同様に、わたしたち人間も、世界の至るところで戦いを繰り広げてきました。
世界の歴史がすべて「闘争」の歴史であるのは、人間たちが神の遺伝子を受け継いだからと言ってもよいでしょう。

「カガミ(鏡)」の「ガ=我」を取ったら「カミ」になりますが、我(エゴ)があるのは、神自身だったのではないでしょうか?
まず反省しなければならないのは、長いあいだ地球に君臨してきた父神をはじめとする男性性のつよい神々だったのです。

これらの神々の争いが記載された多くの神話は、もともと男女両性具有を理想として造られたわたしたち人間に与えられた教訓です。
同じ過ちをこれ以上繰り返さないことが、わたしたちに課せられた使命であり、任務なのです。

未だ世界のどこかで日夜人が殺され、自らも死んでいます。
これでもかこれでもかと、殺戮はつづいています。
イラクでの自爆テロや、世界で起きている無差別テロの無意味さを皆が伝えなければなりません。
何のための殺し合いなのか、今そんなことをしている時なのか、わたしたちがするべきことは一体何なのかと……。

地球人同士で争い、殺戮するのをやめ、皆一丸となって地球の調和を目指す。
そのことに、個々人が真に気づいてもよい時期なのではないでしょうか。

わたしたちは今、自分たちの親(神=異星人)が本当はどのような存在であったのか、その真実に直面しなければならない時期を迎えています。

また、彼ら異星人が苦労して生み出したはずの地球の子どもたちに対して、なぜ抹殺しようとしたり、非情にも見捨てるようなふるまいをしたのかを知る必要があるのです。

その結果わたしたちがどのような人間になってしまったのか、今の人類のありようや状況は、自分たちの親(神=異星人)の影響であることをしかと認め、受け容れなければならないのです。
個々の人間の心の内に存在する葛藤の原因が、遥かなる太古に地球にやってきたわたしたちの両親にあったということを認めること。それが今こそ必要なのです。

ジャーメインのような宇宙の集合意識が、わたしたちの起源を克明に教えてくれているのは、わたしたちの自己証明を新たに確立することを可能とするためです。
そうすれば、個々の人間の心の葛藤はなくなり、自ずと争いはなくなり、真の平安が生まれてくるであろうからです。


旧約聖書に記された「神」という存在は、もはや役に立ちません。
そろそろ「神と悪魔を統合する21世紀の新しいバイブル」が生まれてもよいのではないでしょうか?
 
それは、わたしたち自身が創り上げるのです。
なぜなら、わたしたちは神から造られた神の子どもたちであるからです。
そして、「神々」というのは、元をただせば「わたしたち自身」でもあったからなのです。




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