自分の死に気づいているゴーストのお話

2010年08月27日 13:30


★ 自分の死に気づいているゴーストのお話 ★



あなたは、肉体の死を迎えても行くべきところに行かずに、「この世」にとどまっているゴーストたちと遭遇したことがありますか? 
このゴーストたちは、果たして自分の死に気づいているのでしょうか? 

自分の死に気づいているゴースト」であれば、「救ってほしい」とか、何か思惑があってわざと姿を見せているということがあるかもしれません。

しかし、「自分の死に気づいていないゴースト」となると、まだ「この世」にとどまって、これまで通りの生活をつづけている状態であるわけです。

また、自分の死に気づいていて、わざと人間に憑依して影響を与えたり、コントロールしたりという「厄介(やっかい)なゴースト」も存在します。


ここでは、ゴーストを見たことがない人にイメージをしていただくために、1990年のアメリカ映画「ゴースト ニューヨークの幻」を例としてお話ししたいと思います。


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★ 「ゴースト ニューヨークの幻」に登場するゴースト ★
 



この映画はコメディとオカルト、そしてロマンスがほどよくミックスされていて、なかなか興味深い見どころがあります。
ある秘密を探っていて殺されてしまった銀行員サム・ウィートが、ゴーストとなって恋人のモリ―を必死で守ろうとする物語で、挿入歌のライチャス・ブラザーズの「アンチェインド・メロディ」が情感にあふれ、とてもステキです。

サムは、モリ―と観劇した帰宅途中に暴漢に襲われます。
もみあいになって暴漢のピストルが発射されたあと、サムは逃げる暴漢を追いかけます。
そして、あきらめて戻ろうとしたとき、サムは不思議な光景を目の当たりにするのです。
モリ―が血だらけになった自分を抱えて泣いて叫んでいたからです。

そのとき、天上から光が降りてきます。
それを見て、サムは自分が死んだことを知るのです。

彼は自分の体が救急車で運ばれ、病院で死亡が確認されたことや、自分のお葬式のようすをすべて見ていました。
サムは自分の死に気づいているゴースト」となったのです。
(★人によっては、他の場所にいて、自分の葬式を一切見ていないし、知らない人もいます)

その後、彼はモリ―のアパートで彼女と一緒にいましたが、彼女にはサムが見えません。
いくら話しかけても、モリ―には何も聞こえないのです。
(★基本的に霊体が直接人間に話しかけても、人間のほうでは感知できないのが普通です。そのことがこの映画でよくわかります)

ある日、アパートを訪ねてきたサムの同僚のカールが、モリ―を散歩に誘います。
その隙にアパートに侵入した男を見て、サムは驚くのです。男は自分を襲った暴漢だったからです。
サムは男に殴りかかりますが、空振りばかりです。
ゴーストになりたてのサムは、なかなか思うように相手に影響を与えることができません。
ドアノブにも触れることができず、ドアをつき抜けることもままなりません。
(★肉体がないことに気づいているサムでさえ、物質を通り抜けることには勇気がいるのです。よって、死んだことに気づいていないゴーストの場合は、ドア抜けができることなど思いもしませんから、人が開けたときに一緒に入ることしかできないのです)

サムはモリ―が帰ってきても危険を知らせることができず、結局彼女が飼っている猫をけしかけて男を追いだし、そのあとを追います。
(★猫は、完璧にゴーストのサムが見えています)

アパートを出たサムは、「霊媒師の看板」を見つけてなかへ入ります。
ウーピー・ゴールドバーグが扮する霊媒師オダ・メイ・ブラウンが、客に何やらインチキくさい応対をしているのを見て、サムはあきれます。
でも、彼が声を出すと彼女は反応したのです。
「これはいける!」そう思ったサムは、オダ・メイを説得し、モリ―に会わせます。
でも、モリ―は、サムのゴーストが自分の近くにいることを信じようとはしません。
オダ・メイはサムとモリ―だけの秘密の事柄をいろいろ話してみるのですが、モリ―はまだ半信半疑です。
(★「自分の目に見えないものは信じない」というモリ―は、ごく一般的な女性ですね)

サムはカールのあとをつけて、すべての真相を知ります。
銀行で不正を働いていたカールはサムに知られたと思い、暴漢の男と組んでサムを殺したのです。
サムはいつも地下鉄にいるゴーストのところへ行き、物体に触り、動かす方法を教えてもらいます。
繰り返し練習をして、ようやくサムは物を自分の思いで動かすことをマスターするのです。
「念力で物を動かすんだ。ただ、集中あるのみだ」と先輩のゴーストは言います。
(★これは、物質的な身体がなくても、「思念だけで物を動かすことができる」ということを証明している箇所ですね)

サムはオダ・メイに頼み、銀行でカールの架空口座から400万ドルを引き出させます。
そして、そのお金をそっくりそのまま慈善団体に寄付させるのですが、金銭に執着があるオダ・メイはなかなか400万ドルの小切手をシスターに手渡すことができません。
(★「天国よりもお金がいい」というオダ・メイの葛藤シーンがじつにおもしろいですね)

口座からすべて引き出されているのを知ったカールは、暴漢の男とともに金を取り返そうと、オダ・メイのアパートに行き、彼女をさがします。
サムはすでに物体を動かすことができるし、ドアも抜けられるし、パンチも食わせられる力強い存在となっており、ゴーストだからこそできる特権を利用します。
恐怖を感じた暴漢の男はひたすら逃げ、車道に飛び出して車に挟まれて死に、暗黒の輩に連れ去られます。

危険が迫っていることをアパートにいるモリ―に知らせにいくサムとオダ・メイ。
しかし、モリ―はやはり信じられないのです。
そこで、サムは床上のコインを目に見えない指で押し上げ、「お守りだ」と言ってモリ―に差し出します。
コインは宙を浮き、モリ―のてのひらへと移動します。
コインを受け取ったモリ―は、ようやくサムが自分の眼前にいることを信じ、涙を流すのです。

そこへカールがやってきます。
逃げるオダ・メイとモリ―を追い詰めるカール。
最終的には、見えないサムに追い詰められ、自分が投げつけたワイヤーでガラスを割り、それが胸に突き刺さって死亡します。

自分の肉体からすぐに幽体離脱したカールは、ようやくサムの存在に気づき、驚くのです。
まもなく暗黒からいくつもの手が伸びてきて、一瞬のうちに悪霊たちがカールを連れ去っていきます。
(★このあたりは、悪の結末をうまく表現していて、見ているほうも納得ができますネ)

「無事かい?」サムの声が*モリ―にも聞こえます。
(★ゴーストのサムの存在を信じたからこそ、モリ―は彼の声を聞くことができたのです)

やがて、サムのところに天から光がふり注いできます。
彼はふたりに別れを告げ、やがて光のなかへと消えていきます。
(★最後には、モリ―にも彼の姿が見えたようです。信じることは見ること……これですね。モリーはようやくサムの愛に守られていたこと、彼の魂の存在を信じることができたのです)



ハート
★この作品では、「自分の死をしっかりと知った者」が、
どうやって自分の存在を相手にわからせるか」ということを
一生懸命試みているようすが描かれていたように思います。
 
サムのようなゴーストは、「愛する者を守る」という役目を果たしたあとは、
行くべきところにちゃんと帰っていきます。
全然問題がないステキなゴーストです。

ところが、実際は「自分の死に気づいていないゴースト」のほうが断然多いのです。
未だに数千年前の恰好をしたままで「この世」で生活している人たちがいるのです。
霊視者たちはこういう人たちを数多目撃しています。

次回はこの「自分の死に気づいていないゴースト」についてお話ししたいと思います。




自分の死に気づいていないゴーストのお話

2010年08月28日 10:00


★ 自分の死に気づいていないゴーストのお話 ★



昨日は映画「ゴースト ニューヨークの幻」を通して「自分の死に気づいているゴースト」をご紹介しました。
今日は「自分の死に気づいていないゴースト」についてお話ししたいと思います。

シックス・センス」というホラー映画がありましたね。1999年のアメリカの作品です。

「この映画にはある秘密があります。まだ映画を見ていない人には、決して話さないでください」というブルース・ウィリスの前置きがあって、「まだ見ていない人にはどうかな?」と思うのですが、もう10年以上経っているので、この際種明かしをさせてもらいたいと思います。

自分の死に気づいていない小児精神科医マルコムが、死者を見ることができる少年コールとの交流によって、最後は自分の死の真実を知るというストーリーです。 



★ 映画「シックス・センス」に登場したゴースト ★ 



実際に死んでも「意識がある」し、〈肉体=食物鞘〉とそっくりな〈生気鞘〉というエネルギー体が存在しているので、マルコム本人は死んだという感覚がありません。
ところが、自分がここにいるのに、なぜか妻は自分を見てくれないし、全く気づいてくれません。それどころか、別の男と仲良くしている始末。それを見て、彼はひどく腹を立てます。

他人には決して言えない秘密をもっていて、悩んでいる少年コールは、すでに霊となった小児精神科医マルコムと親しくなり、やがて自分の秘密を打ち明けます。
「ぼくの秘密を聞いてくれる? 死んだ人が見えるんだ」
マルコムは最初この少年を幻覚症状のある精神病扱いにしてしまいます。


世間には、自分には見えないものが見えたり、感じないものが感じたりするという人に対して、「おかしい」とか、「精神病院へ行ったらどう?」といった暴言を吐く思い込みの激しい輩がいることは確かです。
不可視の存在に対して感知能力がない自分を正常だと思って判断しているのですから、世の中のあらゆることがまちがって捉えられてしまっているのも無理はありません。
マルコムも、ここでは無知ゆえの判断をしてしまいます。



少年はマルコムに死霊たちのことを語ります。
「あの人たちは死んだとは思っていない」
「よく出てくるかい?」とマルコムが訊くと、
「しょっちゅうだ」「どこにでもいる」「あれがいると寒気がする」
と少年は答えるのです。


少年には至るところに死霊が見えるのですが、マルコムにはまったく見えません。
自分が死んでいるのなら、同じ死者の霊が見えるのではないかと思われるでしょうが、そうではないのです。
マルコムが生前「死んだらどうなるか」ということや「死後の世界」をまるで知らなかった人だということが、これでわかりますね。
つまり、自分の思いが現実を創っているために、死んだのちも、彼には死者の存在が見えず、自分の見たいものだけが見えている状態だということです。
彼は少年がいつも自分と普通に話してくれているために、周囲に対して全然違和感をもっていなかったのです。
しかし、ある日、彼は眠っている妻のつぶやきを聞きます。



「マルコム、なぜわたしを置き去りに……」
「ぼくはここにいる」
マルコムがそう言ったとき、妻の近くから指輪が転げ落ちます。
妻の指には指輪がはめられていました。
彼は自分の指を見て驚きます。
その指に結婚指輪がはめられていなかったからです。
床に落ちたのは、マルコム自身の結婚指輪だったのです。

驚愕のなかでマルコムはすべてを理解します。
死の直前を思い出し、ようやく「自分の死」を悟ったのです。


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この「シックス・センス」は「自分の死に気づいていないゴースト」をうまく表現した作品であると思います。

種は明かしましたが、「自分の死に気づいていないゴースト」に視点を合わせて見ると、また面白い発見があると思いますので、ぜひご覧いただきたいと思います。

ふたつの映画に登場する「ゴースト」についてお話ししましたが、あなたはどのような感想をお持ちになったでしょうか? 
次回は「偉大なるゴースト」をご紹介しましょう。





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