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自分が選んだ人生のテーマをいかにして学ぶか

2011年02月21日 11:50


★ リーディングに対する質問に答える ★ 



先日、数秘リーディングAを希望された若い女性の方からレポートが返ってきました。
その方の質問は、大変重要だと感じられたので、今回ブログで取り上げさせていただくことにしました。他の人たちにも参考になるかと考えますので、ご了承ください。

彼女の《軌道数》はでした。

軌道数 》というのは、その人の「 純粋なエネルギーの質を表す数」という意味で使っています。
これから明らかになっていくその人の人生の地図であり、その人が今回の人生を通して学んでいくもの、テーマ、目的を表わします。

各数字には、ポジティブな可能性ネガティブな可能性があります。
どちらにしても、その人がそれぞれの人生の期間に、そのエネルギーの質を学んでいくことの可能性を示しているわけです。

という数は、「パワー 金銭 実現 ビジネス 願望 成功 権威 大志を抱く 達成 バランス 公正」などを表します。とてもパワフルな数ですね。



★ここでいうパワーというのは、フォース(権力)という意味ではありません。
フォースは常に対立し、愛がなく、暴力的で、自ら制限をつくりますが、パワーは対立することはなく、全体であり、愛とつながっています。
パワーはいつだってフォースよりすばらしく、完璧なのです。

また、フォースは自らの利己的な目的のために使われるものですが、パワーは利他的でスピリチュアルな性質をもっています。
フォースパワーとでは、闇と光のようなちがいがあるのです。
この両者のちがいに気づき、どちらを選択するかが重要なのです。

★8のテーマは、「自分が欲しているものをどうやって世の中で獲得して、それを表現していくか」ということにあります。
それをネガティブ(フォース)に使うか、ポジティブ(パワー)に使うかで、人生は極端に陰陽に分かれ、相反するものとなっていくのです。

さて、ここで、彼女の質問について、考えてみましょう。

軌道数に沿った人生や目標を持った方が魂の目的を達成するという意味でより自分の本質に沿った生き方が出来るのでしょうか。
たとえば私は今、権力やお金といったものよりスピリチュアルなことや体のこと、愛について自然と興味が溢れてきますが
はじめは興味がわかなくても少しづつでも自分の軌道数の欲求を満たしてあげられるような生き方や学びをしていったほうがいいのかな、という疑問があります。
もしお答いただける内容でしたら、お願いします。



★彼女は今この時期、スピリチュアル(霊性)を学びたいのに、なぜ金銭などの物質的な要素がつよい8のエネルギーが自分の人生のテーマになっているだろうと、疑問を持たれたのかもしれません。

今現在、地球は「アセンション」という大きな転換期を迎えています。それは、地球だけではなく、銀河系にも影響を及ぼす大イベントです。
ですから、スピリチュアルな理解や霊性に目覚めることが必要ですし、陰と陽、男性性と女性性、光と闇のバランスをとる、あるいは統合することの重要性に気づくことが必要です。わたしがこれまで取り上げてきた記事内容も、そこに気づいていただきたかったゆえです。

★霊性に目覚め、陰陽のバランスをとるということ、統合するということは、個人的なテーマというよりは、地球人類と銀河系のスターピープルたちとともに体験しようと同意した「地球種族としての大きな意味でのテーマ」といえます。

それと同時に、「個々の魂のテーマ」もあるということを知っていただきたいのです。
それぞれの人には、この地球で個人として学び、経験していくテーマがあり、それを探究していくために今回生まれてきたのだということです。
ですから、「霊性に目覚めるという大きなテーマ」のほかに、AさんにはAさんのテーマがあり、BさんにはBさんのテーマがあり、わたしにはわたしの独自のテーマがあるということです。

この個人のテーマは、その人の過去生(別の人生)や、同時存在(平行生)している分霊たちや、自分の魂のグループ(類魂)とのつながりによって、自分自身が同意し、また選択してきたエネルギーだということがいえるでしょう。
その人がもって生まれた固有の波動……それを「魂の青写真」と呼んでもよいかと思います。



★数秘リーディングAでは、最初に「過去のカルマ」についてごく簡単に説明をしています。これは、1~9のエネルギーのうち、自分がどのエネルギーをこれまでに体験してきているかをまず知ってもらうためです。

別の人生で学べなかったこと、体験できなかったテーマ(エネルギー)を今生でやってみたいという人もいれば、分霊がつくったカルマを解消するためにそのテーマを選ばざるを得なかったという人もいるでしょう。
あるいは、過去生で納得いくまで追求できなかったので、再度チャレンジしてみようと、同じテーマを選んだ場合もあるでしょう。
ですから、《軌道数》として導きだされた数字は、その人がいろんな理由のなかで、自分自身で選んだ内容なのです。


思いの制限は条件付けから生じている



わたしたちが地球の物理次元に生まれると、おもにわたしたちの両親からある観念をそそぎこまれます。
それによって、わたしたちのパーソナリティは固まって形成されていきます。
それが、わたしが言うところの「条件付け」です。
しかし、これはあくまでも他者から条件付けられたパターンであって、わたしたちのほんとうの姿ではありません。幼少時に、主に両親によって信じ込まされた観念(思いの制限)にすぎないのです。

ここで、わたしたちの今生のテーマともいうべき「魂の青写真」とパーソナリティとのあいだにズレというか、歪みが生じるのです。
人生のある時点で恐れや苦痛などが生じるのは、自分のテーマの方向性とズレがあるからなのです。
もし、ぴったりと一致しているなら、自分がそのテーマについて自然に探究していけるし、その際その探究に必要なことがスムーズに起こってくるはずです。
求めれば求めるほど、学びや体験がどんどん与えられるわけですね。

ですから、今回の質問者が数秘でわかった《軌道数》にあまり興味が湧いてこないのは、その人が両親から受けた《条件付け》が影響していたり、その時期のピークやチャレンジが影響していたりして、まだそのテーマや「自分の真のエネルギー」に気づいておらず、方向性が明確になっていないからだと思います。

★質問してくださった女性の方は、まだ年もお若いので、これからそういうテーマが嫌でも起こってくるかと思います。
そのテーマに関する問題が生じてきたら、「ああ、こういうことだったんだな」とわかることもあるでしょう。
そして、そのテーマに直面したときに8の質をしっかりと体験して学んでいかれればよいのです。
急がないで、じっくりやりましょう。自己探究は一生つづけていくものです。数時間で解決できるような簡単なものではないのです。

★バシャールはつぎのように言っています。

自分が人生で学ぶべきレッスンは何なのかをしっかり理解し、学ぶ、
本当の自分自身になっていくために必要な学びをすべて歓迎する、ということです。

また、こんな結果になるのではないかというような期待は何も持たずに、学びは学びとしてただ受け入れて経験していきます。

それが教えてくれることは、何であれすべて受け入れるという意志を持つ。
学んだことを、現実的に、物理的に、行動的に、創造的に人生に応用する
、ということなのです。
  

★人によっては、「人生のテーマ」が、その人生の早い時期に終わってしまうということもあるようです。
そんなときは、つぎのテーマに取り組んでいけばいいのです。
「思いの制限」さえひらけば、あなたは自分の「魂の青写真」と一致した生き方ができてくるでしょう。
すべて柔軟に対応することが必要ですね。

もし障害があるとしたら、「わたしにはその人生のテーマに沿った生き方ができない」という観念、「思いの制限」があるだけです。
自分の今生のテーマを受け入れることです。
人生で生じてくるすべての出来事を、自分にとっての「真実を学ぶための道」、「自分が真の自分になっていく道」の一部としてとらえ、受け入れることです。認めることです。
そして、そのエネルギーを肯定的に使っていくということです。


★8のエネルギーは「自分の願望をいかに実現させるか」というすばらしいエネルギーです。
どのエネルギーにも等しく価値があるのです。
人はすべてのエネルギーを学ぶために転生しているのです。
なぜって、1~9の質というのは、大宇宙の源、宇宙創造主がすべてもっているエネルギーの質だからです。
わたしたちは創造主を知るために、理解するために、その質のひとつひとつを学んでいるのです。


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魂の青写真 ― デジャヴの体験からわかったこと

2011年02月24日 09:50


あなたは、一度も行ったことがないのに、その場所に見覚えがあったり、そこをすでに知っていると感じたりしたことはありませんか?
実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることを「既視感」といいます。
仏語からの音訳では「デジャヴ」、英語読みでは「デジャヴ」「デジャブ」などとも呼ばれていますね。

その「デジャヴ」を、わたしは頻繁に体験してきています。
立ちもどってくる記憶の鮮明さに驚き、この記憶はいったいどこからやってくるのだろう? という疑問が、いつも脳裏をかすめていました。
そのメカニズムを調べてみたのですが、どうやら学問上では解明ができない未知なる分野のようです。

★わたしは初めて訪れた旅先で、たいてい以前にもそこを訪れていたことを思い出します。まったく同じ場所で、同じ人と、同じことを語っている場面をはっきりと記憶しているのです。
「あ、ここに来たことがあるな。ここも、あそこも」、「この景色覚えているよ」、「これも知っているよ」、「なつかしいな」という具合です。
あたりの光景が懐かしくて、そこにフォーカスしているときは、だれと一緒にいたかは定かでない場合もありますが、だれとどんなことを話したかを明確に覚えている場合もあります。
そういうときは、たいてい話をしている最中に思い出すのです。
そして、まだ知らないはずのことを、以前から知っていたかのように話している自分に気づくことがあります。


★ デジャヴの体験例 その1 ★



もう随分前のことですが、奈良県の吉野山に登ったとき、〈デジャヴ〉が起こりつづけていました。
もともと、後醍醐天皇に強い関心をもっていたわたしは、この後醍醐天皇ゆかりの地を訪れることが念願だったのです。

以前のブログ(心の量子力学 その3 ほんとうに必要なことは成就する)にも触れましたが、強く望んでいると必ずそこへ連れて行ってくれる案内人が登場するのです。
これは、わたしの人生のテーマの探究の方向性にぴったりと一致しているときに限って起こる現象です。
そのときも、現地や歴史に詳しい案内人が現われて、わたしを当地へといざなってくれたのでした。

記憶は頻繁に甦ってきました。
たとえば、如意輪寺の宝物殿では、何千体もの仏たちが描かれた絵画を見ながら、案内人に、その絵画の説明をしている自分がいました。
そうしたら、「同じことが、ここに書いてある」と言って、案内人が説明文を指さしたのです。そこで、それを読むと、確かにわたしが言ったことと同じことが書かれていて、自分でも「どうして、知っていたのだろう?」と思いました。

事前の知識などは全くないのです。とにかく生まれて初めて訪れた場所でしたから。
でも、記憶にはちゃんとあって、知っている自分がいるわけですから、驚いてしまいます。
そういうことがつぎつぎと起こって、わたしはこの体験を、以前にしてきていることに気づいたのです。おそらく夢の中で体験したのだと思います。

★夢はすなわち、「あの世」、「あちらの次元」のことで、「あちらの次元」で先にやったものが、後に現実として現われてくるわけです。
つまり、「人生計画の青写真」といいますか、前もって予定しているプランの予行演習を夢でやっているわけですね。


後に、わたしの分霊が後醍醐天皇の息子の一人として生まれていることがわかり、その分霊の記憶が導いたということもあります。


★ デジャヴの体験例 その2 ★



オーストラリアに行ったとき、そこで訪れたほとんどの場所を覚えていました。(もちろん、生まれて初めて行った場所です)
ケアンズで世界遺産のキュランダ観光を楽しみ、翌日はアボリジニの森へ行きました。
三日目にはグリーン島とグレートバリアリーフのクルーズ観光を予定していたのですが、グリーン島に行く途中でひどい船酔いが生じてしまったのです
船に乗る前から、とてもいやな予感がしていたのですが、まさにそれだったのです。

水しぶきを浴び、激しく揺れる船の先端でうずくまり、その周囲を見ながら、わたしはその場面を以前に体験していたことを思い出していました。

ようやくグリーン島に到着したとき、わたしは体力を消耗してしばらく動けなくなり、つぎに予定されていたアウターリーフポンツーン行きの船に乗ることができませんでした。
その日は天候が悪く、とても楽しみにしていたシーウォーカー(酸素ボンベがついたヘルメットをしたまま、海の中を歩く)ができないという放送があり、二重にがっかりしたのです。

それで、グリーン島でゆっくりと半日を過ごすことに決め、マリンパークで長女とクロコダイルショーなどを見て過ごしていました。
そのうちに晴れ間が出てきて、グリーン島でもシーウォーカーができることになり、念願の海中散歩を体験することができたのです。

シーウォーカーができる地点まで、小さなボートに乗って行ったのですが、そのボートから見た辺りの光景が、わたしの脳裏に甦ってきたのです。「この光景、確か見たよ」と。

ということは、始めからアウターリーフポンツーンには行かないことになっていたということです。
そのことに気づいたわたしは、グリーン島でシーウォーカーができる手はずになっていたことを、心から喜びました。もともとこのシーウォーカーを体験したくて、グリーン島に行ったのですから。

アウターリーフポンツーンには結局行ってはいないので、ポンツーン行きは、わたしのブループリント(青写真)〉には最初からなかったということになりますね。
こちらの世界で予定していても、あちらの世界の予行演習ではやっていないことだったので、取り消されたということでしょう。


グリーン島
                          グリーン島


★初めて行くにもかかわらず、何かいやな感じがしたり、不安になったりするのは、すでに体験して知っているからです。
肉体に戻ると忘れてしまいますが、どこかおぼろにその記憶があるからなのです。
クルーズ観光の当日、船に乗る前から何か気分がすぐれなかったのは、そういう出来事に遭遇することを予知していたからですね。
このように、自分がすでに見ていた〈夢の現実〉が、いつか自分の肉体が存在しているこの世界に現象として現われてきていることがわかります。


とにかく行った先々で記憶が戻ってきて、(野鳥たちがわたしのサンドイッチをつつくところまで)わたしが夢で見た通りのことを実現していることを知ったのでした。


★わたしと次女が同時に〈デジャヴ〉を体験したことも何度かあります。
つまり、ふたりが同時に夢で体験しているわけですね。
こういう場合は、まちがいなく同じ夢を共有しているということです。面白いですね。

★「魂の青写真」というのは、「あちらの世界」ですでにつくられているものです。
それをこちらの世界でもう一度やってみているのです。
ですから、ある程度のシナリオは決まっているということですね。


そのシナリオでどう自分を表現するか、その自己表現方法は自由です。
同じシナリオでも、ネガティブにとらえて演じるか、ポジティブにとらえて演じるかは、あなたしだいなのです。
どうせそれを実現しなければならないのなら、楽しんで演じたほうが断然いいですよね。




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