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転生の記憶―誕生までのプロセス Ⅰ

2010年09月01日 18:45


★ 転生の記憶―誕生までのプロセス ★



人によっては、自分の過去生を知ることが必要なときがあります。
現在抱えている問題に少なからず影響を与えていることがあるからです。
過去生を知って、「なるほど」と感じられることが、きっとあるはずです。

わたしの次女は、自分自身の過去生をはじめ、分霊たちの過去生の記憶をもっています。
また、「この世」から「あの世」へ、「あの世」から「この世」へと転生するプロセスを記憶している魂です。
ここでは、「転生のしくみ」を知っていただくため、次女の体験談を一例としてご紹介したいと思います。
本人の了解を得たので、今生に少なからず影響を与えていた一代前の過去生をお話ししましょう。


女性と蝶

~次女の体験談から~



次女本人の一代前の過去生は男性でした。
その男性は北欧に生まれ、猟師をしていたようですが、三十代で人を三人銃殺した上、自らも銃で自殺しています。
どうしてそのような事態となったのか、次女本人から詳細を聞きましたが、あまりにも悲惨な話なのでここに書くのは省(はぶ)き、「死の直前からこの世に生まれてくるまでの過程」のみにフォーカスしたいと思います。

男性が自殺した直後、一旦目の前が真っ暗になったといいます。
そして、気づいたら自分が肉体から脱け出していて、周りが大騒ぎになっていることを知ったのです。
そのようすを見ていると彼の守護霊が来て、行くべきところに行かなければいけないことを知らされました。

そこで再度「意識がなくなった状態」が起こり、つぎに気づいたときは移動中だったといいます。

守護霊にさまざまな説明を受けながら、「この世」から「あの世」へと移行した男性は、「無限地獄界」に連れて行かれました。
彼は独りになりたかったので、いくつかある選択肢のなかで、とりあえずその世界を選んだのです。
次女の場合、死後の行き先はまちがいなく自分の意志で選択したということです。

無限地獄界」というのはだれもいないし、何もない世界です。
もともと寂しがりだった彼は、ひとりでいるのがどれほど苦しいかを嫌というほど知ったそうです。
あまりの孤独感に気が狂ってしまったほどでした。
しかし、気が狂って叫びまくっても、だれもいませんから、また落ち着いてきて正気に戻るわけです。
彼は、自分で選んだにもかかわらず、こんなところへ連れてきた守護霊を腹立たしく思っていたようです。

★自分の思いを率直に表現できなくて、現実逃避傾向にあった彼の性質は、生前のものが引き継がれ、死後も変わってはいませんでした。
変わったのは「肉体がない」というだけのことでした。
人はみな「あの世」へ行っても、肉体が取り去られる以外は何も変わらないのです。


最初守護霊にムカついていた彼は、寂しすぎたためか、いつの頃からか定期的に会いに来てくれる守護霊の訪問を心待ちにするようになっていました。

そのうち、だれもそこにはいないのですが、どこからか情報が入ってくるようになりました。
これは、守護霊からのテレパシーですね。

そこで彼はいろんな知識を仕入れて、チャンネル(周波数)を変えることを学び始めたのです。
そうこうしているうちに彼の意識の状態が変化し始めました。
生まれ変わってやり直したいと心から思うようになっていたのです。
それで実際に転生することが可能となったわけです。

 

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無限地獄界でやることは?~



無限地獄界」はその名の通り果てしなく広く、人っ子ひとりいない世界です。
霊体ですから、いくらでも空間を飛べるわけですが、どこまで行っても行き着くところがなく、結局疲れてしまうだけなのです。孤独でつらい世界です。

そういうところにいると、自分の「霊的なパワー」を強めることくらいしかやることがないのだそうです。
よって、意識が変容して地上に生まれることができた暁には、そのとき培った霊的な能力が備わっているのです。

★次女が見えない存在を霊視したり、霊とつながりやすかったりするのは、「無限地獄界」にいた影響なのです。

有名な霊能者たちの過去生を調べ、その人の死後どの意識の段階へと移行したかを調べると、けっこう「無限地獄」の出身者が多いことを知らされます。

ですから、覚醒者などにあらわれる(修行の恩恵としてもたらされる)超能力ではなくて、生まれつき霊的な能力が備わっている人は、「無限地獄」にいた可能性があると言ってもよいかもしれません。

では、「無限地獄界」からどうして現世に生まれることができるかということですが、
次女の場合、生まれ変わりたいという意識を持ったとき、高次元から役人のような霊が訪れて、ひとまずクリーンゾーン(広い意味では霊界とそれ以上の高次元の世界)へと瞬間移動させてくれたということです。

★ダストゾーン(広い意味では地獄界などの低次元の世界)の階層からであっても、反省の意識と誕生の意志を持てば、現世への再誕生は可能なのです。



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生まれ変わりのコース―誕生までのプロセス Ⅱ

2010年09月02日 09:30


★ 生まれ変わりのコース―誕生までのプロセス ★



さて、次女の記憶では、生まれ変わりたいと思ったときに生まれ変わりの場所へと連れていってくれた霊的なガイドがいました。

扉を開いて部屋に入ると、そこに「生まれ変わりのコース」担当の霊人がいて、「あなたはこういうことをしていましたね」と、まずDVDのようなもので、自分自身の過去をすべて見させられました。

そのとき、当時(過去生で)自分に関わった人がつぎつぎと登場し、その人がその時々の自分の気持ちを赤裸々に語るので、彼らの心情が手に取るように理解させられたといいます。


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★「この世」で生きているときには、人はたいてい自分の真の気持ちを押し隠しています。
必ずしも相手に正直に語るわけではないということを、このときに嫌というほど知らされるわけですね。
思ってもみなかったそれぞれの心の真実を聞かされて、次女は非常にショックだったといいます。

だからこそ,「この世」にいるときにいつも本音(正直な自分の気持ち)を語っておく必要があるのです。
(過去ブログ 本音で話すことの大切さ 参照)

「あの世」に行けば、すべてお見通しで、すべてがあからさまになるということが、この次女の話からも知ることができますね。


次女のその「過去生のおこない」からすると、生まれ変わるコースは四通りしかないと言われたそうです。
過去の行為」や「意識」によって、人生の選択数が異なってくるのです。
そのとき次女が主人公を演じられるシナリオの数は、四つだったということです。
それで、それら四つの大まかな人生を順々に見ていくことになりました。


女性と蝶


★一冊の本を手に取ってパラパラとめくると、そのシナリオの各部分の映像が出てきます。
そのとき現れた映像上の年齢もだいたいわかるようです。
それを見ているときは、「夢のなかにいるような感覚」だといいます。
そのシナリオの主人公になって、ストーリーを演じているわけです。
鑑賞(見ている側)とアクション(演じている側)が同時におこなわれている感じです。
まったく3Dの映画のような世界ですね。


次女が「生まれ変わりのコース」を観賞していると、同じく生まれ変わりの志望者がひとり、その部屋に入ってきてしまいました。
ふりかえると、部屋の外に志願者たちが列をなして並んでいるのが見えました。
それで、あわてて選ぶことになってしまったのだそうです。
詳細は省かれて、内容も予告編くらいの感じだったといいます。

次女はそういう簡単なシナリオを四つ鑑賞して、自分がこれからどの人生を歩むかを決めたのです。
次女はごく一般的な生き方はしたくなかったし、どれもたいして面白そうではなかったので、その少ない選択肢のうち、最もワクワクできそうな人生を選んだといいます。

そこには、ほかの人生には全くない内容、「スピリチュアルな学び」や「浄化をする」という項目がありました。
若い頃は苦しいかもしれないが、霊性は成長するというもので、「終わりよければ全てよし」の人生だったのです。
その項目に次女は反応し、ワクワクし、その人生を選んだというわけですね。


つぎに気づいたときは、母親になる人のお腹(なか)の中でした。
そこは真っ暗で狭くて大変苦しく、もうお腹の中にはいたくないと思ったことが山ほどあったそうです。
特に両親がケンカなどをしていると、その波動が伝わってきて、腹が立って気を失い、たびたび幽体離脱をして外に出ていたといいます。(苦笑)

そして、生まれるのをやめたくて、「生まれ変わり」を担当している領域に幾度か戻ったというのです。
でも、もうその時点では、元には戻れなかったのです。

ちょっと耳が痛いですね。やはり妊婦が胎児に与える影響は大なのです。
精神的に安定していることが大切だとつくづく思いますね。


sea


パラマハンサ・ヨガナンダ氏は「自分の意識を母体の胎内に移して感じたこと」を、つぎのように話しています。


― 暗やみの中で何をすることもできず、木のように一か所に拘束されて、
ときどき過去のことを思い出してはいつの間にか眠ってしまう ―。
あなたが胎内でもがいて暴れるのは、過去を思い出したときです。

胎児には、母親の心臓の鼓動や血液の循環する音がかすかに聞こえます。
それらの音によって、胎児は自分のからだを意識し、自由になりたいと思います。
このように、魂の最初の冒険は、人間として地上に生まれたいという願望と、
不自由なからだから解放されたいという願望の、二つの相反する思いの戦いです。




★過去の嫌な記憶は邪魔になるので、たいていの人は忘れ去っています。
ただ、次女のように子宮の中にいたときの記憶をしっかりと思い出す子どもたちもけっこういるようです。
特にインディゴクリスタル・チルドレンは、過去生の記憶を持っていることが多いように思います。


こうして次女は予定日よりも十八日早くわたしのところに生まれてきたのです。

よく「自分は望んでこんな両親のところに生まれてきたんじゃない」とか、「勝手に生んでおいて」と自分の出生を否定する子どもたちがいますね。
でも、それはまちがっているということを、再度お伝えしておきます。
(過去ブログ 誕生日にちなんで にも記載)

★子どもとなる霊は、自分の乗り物としてふさわしい遺伝子を持った母体を自分で選ぶのです。
その多くは、自分が別の人生(過去生)で親しかったり、よく知っていたりした人を選びます。
しかし、自分にふさわしい母体が見つからない場合は、幾百年も待たなければならないこともあるのです。
(お釈迦さまなんかは、ものすごく長い年月待ったといわれていますね)
また、新しい関わりを求めて、全く知らない人を母体に選ぶこともあるようです。

ですから、子どもは「自分を生んでくれて、ありがとう。育ててくれてありがとう」という感謝の気持ちを持つことが大切です。
当然のことですが、その人がこの世に存在したからこそ、今の自分があるのですから。


sea


次女が生まれたとき、右のこめかみの部分に赤いあざがあるのを発見しました。
それは二十三年経っても鮮明のままで消えませんでした。
その赤あざが、過去生の何かを物語っているということには気づいていたのですが、明確に何の印(しるし)かはわからなかったのです。 

ところが、つい最近のことです。
次女が自分のこめかみの辺りを指さして言ったのです。
「自分の過去生で自殺した男性は、ここを銃で撃ったみたい」だと。

それを思い出した途端、急にその赤いあざが薄くなり始めたというのです。
見ると、確かに、鮮やかに浮き出ていた赤いかたちはほとんど見えなくなっていました。
過去生で、銃撃した部分が赤い印となって今生現れてくるというのは、興味深いですね。


ここでの話は、あくまでも次女の記憶に基づいた一例であり、だれもが同様のプロセスをたどるとは限りません。

死んですぐに自分の人生を見させられ、これまで「精霊界」や「霊界」と呼ばれてきた「霊的世界」へと赴く場合や、※「アルクトゥルス」で癒しを受ける場合もあります。
人によって千差万別であるということを知っておいていただきたいと思います。


※注「アルクトゥルス」は「癒しの領域」として存在している。
リサ・ロイヤル著「プリズム・オブ・リラ」によると、「地球上で極度の苦痛を伴う死(あるいは生)を経験した人間の魂は、この領域において癒され、生気が与えられる。     
アルクトゥルスと地球は「次元の扉」で結ばれているため、地球上で誕生するすべての魂は、生まれる前に必ず(意図的にこれと異なる選択を下さないかぎり)アルクトゥルスの領域を通過するという。


★過去記事(クリックするとリンクします)
誕生日にちなんで  
本音で話すことの大切さ 


過去生の記憶―次女のエジプト時代の過去生

2010年09月08日 12:00


★ 過去生の記憶 ★



過去記事「転生の記憶―誕生までのプロセスⅠ&Ⅱ 」で、わたしの次女の過去生に触れました。
このブログの読者さんのなかにも、あるとき突然自分の過去生がよみがえってきたという人がいらっしゃるかもしれませんね。これはじつに興味深い現象です。

次女は子どものころから自分の過去生だと思われる映像を断片的に見ていたといいます。
当時は「夢で見たストーリー」だと思いこんでいて、それがただの夢なのか、真実なのか、他人のことなのか、自分のことなのか、よくわからなかったようです。

その映像の断片が、過去生きていた「ひとりの人間の生涯」として結びつき、「ひとつのドラマ」として明確に理解できるようになったのは、この数年のあいだのことです。

次女の記憶が鮮明に甦ってくるのは、特にわたしとスピリチュアルな会話をしている際でした。
何かきっかけ(過去生に関するキーワード)があると、思い出しやすいようでした。
そんなときは、泉のごとくつぎつぎとあふれ出てくる感じでした。

次女が語ったいくつかの過去生のなかで、特に古代エジプトの記憶が鮮明でした。
次女本体だけでなく、分霊エジプトという地に何度も生まれていたため、分霊と共有している記憶が重なり、情報量も多かったのです。
また、わたし自身の魂も、太古のエジプトと深く関わっているため、過去を知る必要性があったのです。

次女の過去生にフォーカスして不特定多数のみなさんにお話をすることに意義があるかどうかは、読者の個々人が判断されることです。
ですから、過去生を信じない人や、他人の過去生になどまったく興味がないと思われる人にとっては、この記事は何の役にも立たないでしょう。

しかし、「古代エジプトの出来事」や「ツタンカーメン」に関心のある人にとっては、もしかしたら新しい気づきが生まれるかもしれませんし、改めて「過去生」というものについて考えてみる機会が得られるかもしれません。
ともかく、思いの制限をひらいて、お読みくだされば幸いです。


★ 次女のエジプト時代の過去生 ★



次女は、幼い頃からエジプトに大変興味を持っていたようです。図書館で初めて手に取って見たのは、エジプトのミイラの写真が載った本だったといいます。
そして、ツタンカーメンのマスクや人型棺を見て、同じような格好をして、杖を持った手をクロスさせてみたりしていたのだそうです。
また、墓の中に描かれた壁画にも関心を持ち、もしエジプトに行くなら絶対に壁画を見たいと、わたしに言っていたのです。


     ツタンカーメン


2008年に入ってから、エジプトに関するテレビ番組が急激に増えました。
いろんな放送局で放映されているのを見るようになったからです。
常日頃あまりテレビを見ないわたしが、たまたまチャンネルを変えると、やたらエジプトのピラミッド王家の谷などが目に飛び込んでくるようになり、ひどく不思議に思っていました。
これは偶然なのだろうか? 今エジプトにいったい何が起こっているのだろうかと。

次女がエジプト時代の過去生の話をし始めたのは、2007年の後半になってからでした。
2008年の2月にハイビジョンテレビで「エジプト特集」の再放送を一緒に見て以来、過去生の詳細がつぎつぎと判明し、巷で騒がれていた「ツタンカーメンの呪いの謎」までも解明するに到ったのです。実に驚愕すべき内容でした。

まず、ツタンカーメン王の墓を見つけたイギリスのハワード・カーター氏がテレビの画面に現れたとき、初めて見たにも関わらず、次女は「わたしはこの人を知っている」と言い出したのです。
それを契機として、いろんなことを思い出し始めました。

ツタンカーメンはまちがいなく殺害されたのであり、死亡した直接の原因は毒だということ。彼を殺すために手を結んでいた人は三人いて、それは年取った男と中年の男と若い男だったということなどです。

なぜそんなことがわかったのかというと、次女の脳裏にツタンカーメンの妻であった記憶があったからです。
ツタンカーメンは世界的に大変有名ですが、彼の妻に関しては、さほど知られてはいなかったように思います。

ツタンカーメンの妻というのは、みなさんもご存じのようにアンケセナーメンのことです。
彼女については最近になってようやく焦点が当てられてき始めたと思いますが、まだまだ謎が多い女性ですね。
次回より次女から聞いた「アンケセナーメンの真実」をお話ししたいと思います。



過去生の記憶―アンケセナーメンだった次女の分霊

2010年09月09日 15:00


★ 過去生の記憶
     ―アンケセナーメンだった次女の分霊 ★



アンケセナーメンは、アメンヘテプ四世、のちにアクエンアテン(アテン神に有用な者)と改名したファラオと、その正妻ネフェルティティのあいだに生まれた王女のうちのひとり(三女)です。幼名はアンケセパーテンでした。

今回はアンケセナーメンとその家族についてのお話です。




★ アンケセナーメンの父
     アメンヘテプ四世=アクエンアテンについて ★



      アクエンアテン1 アクエンアテン


アメンヘテプ四世は、力をつけすぎて政治にまで口をだすようになったアメン・ラー神官に嫌気がさしたため、太陽神アテンの信仰に切り替え、アテン神を唯一神とする宗教改革を断行した人で知られています。
彼はアクエンアテン(イクナートン)と改名し、アメン神官を排除し、都をアケトアテン(現テル・エル・アマルナ)へ移した画期的なファラオでした。

このかなり風変りなアクエンアテンは、アメンホテプ三世の子どもです。
アメンホテプ三世はアイとタイアが老いてからもうけた男子で、高次レベルの染色体を持つ人だとドランヴァロ・メルキゼデクは「フラワー・オブ・ライフ」に記しています。
これは、わたしがペンジュラムを媒体にして得た答えと一致していることから、その可能性が高いことがわかります。

この高次レベルの染色体は、息子アクエンアテンに受け継がれます。
アメンホテプ三世と息子アクエンアテンはともに国を統治しました。
ふたりの王が同時に国を統治するのはルール違反だったようですが…。
アメンホテプ三世は死ぬまで王座に就いたまま、息子のアクエンアテンに国を託しました。
ファラオ」とは「そうなるであろうもの」という意味だそうですが、そのときアクエンアテンはエジプト初代のファラオとなったのです。

アクエンアテンは正妃ネフェルティティのほかに、ツタンカーメンの実母にあたるといわれているキヤ、アクエンアテン実の娘である長女のメリトアテン 、同じく実の娘である三女のアンケセンパーテンと結婚しています。

次女の記憶では、アクエンアテンはロリコンで、かなり頭がおかしいと思わせる人だったといいます。
アンケセナーメンは父親をとても嫌っていたのです。



アクエンアテン4      アクエンアテン2  
アクエンアテンとネフェルティティ  アクエンアテンとネフェルティティと子どもたち



★ ネフェルティティ ★



ドランブァロ・メルキゼデクはアクエンアテンの妻ネフェルティティは、アイとタイアの子どもだと述べていますが、どうやらその可能性は高いようです。

アクエンアテンからすると、アイとタイアはおじいさんとおばあさんにあたります。
その祖父母が一世代待ってもうけた女子とアクエンアテンは一緒に育ち、のちに結婚したというわけです。
ふたりは同血族であり、実際の兄妹でした。
えっ?と思われたでしょうか?

アクエンアテンとネフェルティティが生んだ娘たちははみな頭蓋骨が巨大で、腰の位置が高く、細いすねと巨大な耳を持っていました。身長も相当高かったと思われます。
アクエンアテンの家族はシリウス人の血を受け継いでいるといってもよいでしょう。
(詳細写真などは、ドランヴァロ・メルキゼデク著「フラワー・オブ・ライフ」に記載



★ アンケセナーメンツタンカーメンの関係 ★


アクエンアテンの妻のネフェルティティには六人の女児がいましたが、男児は生まれませんでした。
ツタンカーメンは、アンケセパーテンの父でもあるアクエンアテンと、第二婦人のあいだに生まれた子どもです。よってアンケセパーテンとは異母姉弟という関係になります。

(最新のDNA調査の結果、ツタンカーメンは幾度もマラリアに感染し、骨障害のある虚弱体質の男子だったことが判明しました。また、近親姦でできた子どもであったことがわかり、それが虚弱体質の一因だった可能性があるといわれています)

ツタンカーメンの幼少の頃は「ツゥト・アンク・アテン」、つまり「アテン神の似姿」と呼ばれ、アンケセパーテンの母ネフェルティティに育てられました。
ペンジュラム・センサーによりますと、彼の実母は病死、あるいは殺されて死亡したと出るので、毒で病死した可能性が大きいです。

アクエンアテンの死後、ツゥト・アンク・アテンは王位継承権を持つ十二歳のアンケセパーテンと婚姻して即位しました。わずか九歳の頃でした。
(次女の記憶では、アンケセナーメンのほうが少し年上だったというので、エジプトに詳しい次女の守護神に尋ねてみると、三歳年上だと答えていることから、彼らの年の差が三歳であったことは正しいと思われます)


      アンケセナーメンとツタンカーメン2 アンケセナーメンとツタンカーメン


アンケセパーテンにとっては、ツタンカーメンは二度目の夫です。
一度目の夫は、父のアクエンアテンでした。
古代エジプトでは、兄妹、姉弟、父娘の結婚はめずらしくはなかったようです。

日本の神話で有名な夫婦神イザナギとイザナミは兄妹だったし、中国の夫婦神である伏羲(ふっき)と女媧(じょか)も兄妹でした。
王家の血統を大切にするためには、どこの国でもそうせざるを得なかったのでしょう。

育ての親であるネフェルティティが亡くなった頃、アメン神官の力が戻って、勢力が強まっていたため、アテンアメンに変更し、彼らはそれぞれツゥト・アンク・アメン(ツタンカーメン)、アンケセンアメン(アンケセナーメン)と改名せざるを得なくなります。

アテンとアメンはたった一文字の違いです。
けれども、そのその奥に隠された意味には、大きな違いがあったのです。
ツタンカーメンはまだ幼い王であったため、実際の政務は後見人のアイと将軍ホレムヘブがおこなったようです。


★ アンケセナーメンは次女の分霊だった ★


断片的ではありましたが、次女のツタンカーメンの妻としての記憶があまりにも鮮明であるため、わたしは最初次女本人の過去生がアンケセナーメンだと思っていました。
ところが、調べていくうちに、次女本人ではなく分霊であることがわかったのです。
分霊は自分の側面でもあるわけですから、記憶を持っていたとしても不思議ではありません。

驚いたのは、次女本人がアンケセナーメンと同時代の同エジプトで生まれ、王家と関わりをもっていたということです。
これについての詳細は今後のブログでお伝えする予定です。



★ ツタンカーメンの死因 ★


☆さて、2005年の1月に古代医学のスペシャリストたちが、エジプト政府の許可を得てツタンカーメンのミイラを墓から持ち出し、CTスキャンによる徹底調査をしたことは、マスコミにも取り上げられたので、みなさんの記憶にもあることと思います。

その結果、頭骸骨の骨折は見られず、従来の撲殺説は否定されました。
そこで新たにわかったことは、左膝の骨折でした。
事故死の可能性があると診断されたのです。
古代医学のスペシャリストたちは、事故の結果起こった傷に菌が入り、合併症を起こしたのではないかと推測しました。しかも、死ぬ一日前に事故は起こったというのです。

しかし、その説には少し無理があるように思われます。
たとえ合併症を起こしたにしても、骨折だけで次の日に死亡するとは考えにくいからです。

まだ十九歳であったツタンカーメンは、いったい何が原因で死んだのでしょうか。
その真相を知っていたのは、妻のアンケセナーメンだったのです。(次回につづく)


過去生の記憶―ツタンカーメンのミイラを作った次女の過去生

2010年09月14日 11:15


★ 過去生の記憶
   ―ツタンカーメンミイラを作った次女の過去生 ★



次女の過去生を調べますと、地球のいろんな国に転生していることがわかります。
そのうち、エジプトには七回生まれていることがわかりました。
七回のうち本人が出生したのは二回で、あとの五回は次女の分霊たちでした。

そのうちのひとつの過去生を詳しくみていくと、大変興味深い真実がわかってきました。
なぜ、次女が幼い頃からミイラツタンカーメンに興味を示していたか、(過去記事 過去生の記憶―次女のエジプト時代の過去生 に書いています)納得できる理由が確実にそこにあったからです。

次女がエジプトに生まれ、生きていたのは、ちょうどアメンヘテプ4世~ツタンカーメン王が生きていた時代で、分霊のアンケセナーメンが生きていた時代とも重なります。
(ここでは、王家の人々の誕生~死亡の年代決定法の誤差や異説が多く、実際と比較すると混乱が生じるため、あえて記載しません)

次女の過去生での名前を、とりあえずバルとしておきましょう。
バルは男性で、職業はミイラ職人でした。
彼はツタンカーメン王の父、アクエンアテンのミイラだけではなく、何と、ツタンカーメン王のミイラを作った人物だったのです。
今生で次女がミイラに関心があったのも当然のことです。
特に若い男のミイラに次女は強い反応を示していたのです。

本職はミイラ作りでしたが、壁画も手がけていたようでした。
次女は、自分のほかに若い男がいて、共に壁画を描いた覚えがあり、その若い男は超能力があって絵も上手だったが、自分は下手で超能力もなかったとわたしに語っていました。

その若い男のことが気になったので、調べてみると、彼とは兄弟であったことがわかりました。
バルは彼より七歳年上の兄だったのです。
そして、驚くことに、その弟というのが、今生では次女の姉となって生まれていたのです。
つまり、今生ではわたしの長女です。
その長女のエジプト時代の過去生の名前をセシュとしておきましょう。

セシュは絵が上手だったため、王墓や神殿の壁画を描く職人として活躍していたようです。
今でも彼の描いた壁画が残っているのですから、すばらしいと思います。
兄のバルはミイラ職人でしたが、弟の手伝いもしていました。
ツタンカーメンの墓の壁画も彼らが描いたのです。
当時バルが三十六歳で、セシュが二十九歳でした。

次女は、自分があまりに絵を描くのが下手だったので、弟になぐられて半殺しにされた記憶があると言っておりました。
そのときなぐられたのがきっかけで目覚め、その後絵が上手になったというのです。
おそらく第三の目が開いたのでしょう。
何か可笑しさがあって、つい笑ってしまいました。



★ 次女本人と分霊アンケセナーメンとのかかわり ★
 


バルは当時、分霊であるアンケセナーメンとも関わっています。
分霊がすぐ近くに生まれていることはよくあるようです。

ツタンカーメンの墓から発見された副葬品のなかに「黄金の玉座」がありますね。
あまりにも有名になっているので、皆さんも一度くらいはテレビや写真で見られた覚えがあるのではないかと思います。

黄金の玉座」は木製張りで、足はライオンの四肢をかたどってあり、背もたれにはアテン神と、王妃アンケセナーメンがツタンカーメン王に香油を塗る仲むつまじい姿が描かれています。(写真参照)



     ツタンカーメンの椅子
            ツタンカーメンの椅子―黄金の玉座



★この玉座はアンケセナーメンが作らせたものだと、次女はいいます。
椅子に描かれたこの王妃の顔を見たアンケセナーメンは、「わたしはこんな顔じゃないわ!」と怒ったのを、次女は覚えているそうです。(写真参照)

次女に言わせると、アンケセナーメンの顔は結構きつくて、性格も勝気な女性だったそうです。
よって、あの玉座の絵は、次女の過去生であったバルが描いたものだということです。



     アンケセナーメン 顔
            アンケセナーメンの顔


現在のわたしの長女と次女は、エジプトでまた異なったファラオの時代に兄弟となって生まれ、壁画を描いています。
わたしの分霊が生んだ息子たちであったこともあり、今現在のわたしの夫が当時の彼らの父親であったときもありました。
「地球に生まれたわたしの分霊たち」と「現在のわたしの娘たち(長女と次女)」との関わりの多くは、エジプト時代にあったのです。




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