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「真実」はその人の「意識レベル」によって異なる その2

2010年06月14日 16:15


★ 神や正義はひとつではない ★



★世界には「」を信仰している人たちが大勢いますね。
一神教の神」、「多神教の神々」さまざまです。
ユダヤ教」と「キリスト教」と「イスラム教」では、「神は唯一の存在である」とされていますが、それぞれ「神の名」は異なり、「真実」も異なります。

これらの信仰者たちは、それぞれがつけた「神の名」のもとに、それぞれの「正義」という旗をひるがえし、それぞれの「思い込みの真実」のために戦争を繰り返してきました。
彼らは自分たちとちがう人たちを決して受け容れようとはしないのです。

神がひとつであるのなら、その神から創造された人間同士が戦う必要などまったくないはずですね。
けれども、「自分の真実だけが唯一正しい」とお互いが思い込み、非常に限られた理解しか持てないでいるため、未だに歩み寄ることができずにいるのです。
多様性のなかにあってお互いを受け入れ合うのが教会だ」とイエスの弟子パウロは言っているのですが……。

キリスト教では、動物などは人間の食べ物として神から与えられ、何を食べてもけがれないとされていますが、ユダヤ教では、ラクダ、ウサギ、タヌキ、鳥の中の猛禽類、爬虫類、羽のある昆虫、死んだ動物、貝や甲殻類、ウナギ、クジラなどの水性動物は、けがれた生き物として一切禁止されています。

イスラム教では豚を食べてはならないことになっています。
ですから、ハムやソーセージも食べません。ヒンドゥー教では神聖とする牛を食べてはならず、ジャイナ教では牛、豚、鳥の殺生を禁じていて、ほとんどがベジタリアンであるといわれています。

宗教によって、食べ物の常識が全くちがっているのです。
なぜなら、それぞれの神が禁じているからです。

このことからも、「神や正義はひとつではない」こと、
そして、「真実はひとつではなく、数限りなくある」ということがわかります。


★それは宗教だけではありません。
法律や医学や現代科学も同様です。

今まで認められていた真実よりもさらに最新の異なった真実が発見されて、それに賛同する学者が多いと、今度はそれが真実として認められます。
以前の真実は「真実ではなかった」ということになるわけです。
「相対性理論」で有名なアルバート・アインシュタインも、今では「まちがっていた」といわれていますね。


★ 真実は探求者の数だけある ★



真実は探求者の数だけあるのですから、どれが「正しい」と断定することはできません。
思い込みの度合いは千差万別ですが、それぞれがその人の真実なのです。
また、探求者たちも日々成長し、進化していきますから、それぞれの成長に応じて真実も変化していくのです。

 

★人によって異なる真実、それがつぎつぎと変わっていくような真実、条件が変わると容易に変わってしまう真実を、仏教では「世俗締―世俗の真理」と言っています。一般的には「常識」と呼ばれている内容で、「制限された通念」、「思い込み」といってもよいでしょう。


★「常識」は同じ国の中であっても、地域によって随分異なります。


秘密のケンミンSHOW 」というテレビ番組を見られたことがあるでしょうか?
各県で通用している「常識」が、日本のどこででも通用するとは限らないことをつよく気づかされる番組ですね。
すぐ隣の県であっても、習慣や食物の食べ方は驚くほど異なっています。
日本という一国でさえそうなのですから、世界の国々の「常識」が異なるのは当たり前だということです。

このように、人や国、宗教によって好き勝手に制限されている真実は、究極かつ普遍の真実とはいえませんね。


★わかっていることは 、「真実は各人の意識レベルによって異なる」ということ。
意識レベルが上昇すればするほど、さらに深遠な真実に出会える」ということ。
つまり、より「偉大な真実に出会うことができる」ということです。

人は毎日「自分が発している周波数に見合ったものを引きつけ、その人に見合った真実と遭遇(そうぐう)している」のです。




★さて、現在ただ今のあなたの「真実」は、どのあたりにあるでしょうか?

小鳥のたとえで言うと、「直線」でしょうか? 

現実を「直線」だと信じて生きている人たちは、「過去」があって「現在」があって「未来」があるというふうに、一直線上でのモノの見方をしています。
「過去」も「未来」も「今」のこの瞬間にあって、同時進行しているというふうに立体的に見ることはできません。

「えっ? 過去と未来が同時進行しているって、いったいどういうことなの?」
そんな疑問をもったあなたは、まさしく「直線思考型」の小鳥さんだということになりますね。

先人たちが伝えてきたように、あなたの一瞬一瞬の思いが、あなたの現実を創っているのです。
そして、思いが変われば、現実も変わります。
あなたが毎日このブログをひらき、エピローグまですべて読み終えられたとき、もう一度このページに戻って、この質問に答えてみてください。


今のあなたが「信じているもの」とは、何でしょうか? 
どんなことを「ほんとうのこと」だと思っているのでしょう?
何が、今のあなたにとっての「真実」でしょうか?




ハスの花


★ 来て、見よ。それはここにある ★



★仏陀(ブッダ=釈迦)はいいました。
来て、見よ」と。



★究極の真実はすでに存在しています。
あなたの外側にも内側にも、至るところに存在しています。
それは、あなたの眼前にあるのです。
ですから、「まずは、それを見なければならない」と仏陀はいいます。

★あなたはただハートをひらいて、幼子のように「素直」に「純粋な気持ち」で、ものごとを見ていけばよいのです。
一切の思い込み、先入観を取りはらい、自分勝手な判断などはせずに、ただ「ありのままを感じること」です。
「小鳥のお話」のように、あなたが体験し、理解すれば、それは「信」ではなく、「知」となります。



★仏陀はわたしたちを招き、こう言っています。
来て、見よ。それはここにある」と。



★わたしたちの「進化の旅」とは、「意識がめざめていく旅」です。
さあ、これからご一緒に「意識の進化の旅」にでかけましょう。



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転生の秘密―霊能者が語る過去生の多くはその人の分霊の過去生である

2010年10月25日 16:00



★「分霊」について、以前に「あなたの分身たち」というテーマでお話ししたことがあり、カテゴリ「過去生の記憶」では、次女の分霊のひとりであるアンケセナーメンにについて語りました。

その「分霊」について、もっと知りたいという方がいらっしゃるので、今回は「分霊」についての考察をさらに深めてみたいと思います。


★ 霊能者が語る過去生の多くは分霊の過去生 ★



霊能者がよく言うところの「過去生」というのは、ほとんどがその人の「分霊の過去生」です。
あきらかにその人の「本体の過去生」と混同しています。

どれが本体の過去生で、どれが分霊の過去生だと区別して言える人はほとんどいないと思われます。
本体と分霊との関係は複雑で、あの世の霊人でさえ説明するのはむずかしいと言っているくらいです。


☆1990年代に、わたしは外国人の霊能者たち(アメリカ人女性とイギリス人女性)に自分の過去生について詳しく尋ねる機会を得ました。

当時はまだ自分のハイアーセルフや守護の神霊との交流手段を知らず、自分の知らない自分のことを知りたいという好奇心でいっぱいだったのです。

彼女たちはそれぞれが見た「わたしの過去生」をたくさん語ってくれました。
しかし、それらの過去生がほんとうにわたし自身(本体)の過去生であったかどうかは、非常に疑問です。


★ 霊視者で食い違う過去生の内容 ★


☆最初に出会ったアメリカ人女性は、わたしがインドで生きていた話をしたので、「インドには、何回転生していますか?」と尋ねてみました。

すると、彼女は「8回」と答えました。
確かにインドにいたであろうとつよく感じるものがあったので、そのときは納得がいきました。

しかし、いろいろと尋ねているうちに、このアメリカ人女性の語る内容に、いい加減なところがあることに気づいたのです。
彼女自身が混乱しているように見受けられる場面もありました。
ですから、わたしは彼女の語る「過去生物語」を全面的に信じることができなかったのです。


☆つぎに出会ったイギリス人女性には、「まず自分の一代前の過去生を教えてほしい」とお願いしました。

彼女はいくつかの過去生を語りました。
あるときはエジプトに、あるときは太古の昔のインカに、あるときはスペインの貴族として、あるときは中国の仙人として、またあるときはフランス人女性の守護霊をやっていたことなどを語ったのです。

「では、わたしのひとつ前の過去生は、そのうちのどれですか?」と尋ねると、彼女は答えることができませんでした。「それを語るには、1日も2日もかかるほど難しい」と言うのです。

わたしは、以前にアメリカ人女性から聞いたわたしの過去生のひとつを彼女に語りました。
すると、「そんな過去生はない」とそのイギリス人女性は言ったのです。でたらめだというのです。

おもしろいことに、そのときイギリス人女性に就いて通訳をしていた日本人女性は、以前にわたしが出会ったアメリカ人女性に就いて通訳をしていた人と同一人物だったのです。

その日本人女性は、アメリカ人女性がわたしに言った過去生の内容をよく覚えていました。「確かに、あのときはそう言っていたよね」と、彼女はうなずいてくれたのです。

不思議ですね。一体どちらの言うことが正しいのでしょうか?
イギリス人女性には、アメリカ人女性が語ったわたしの過去生が見えなかったのでしょうか?
それとも、イギリス人女性が言うように、アメリカ人女性がでたらめを言ったのでしょうか?

イギリス人女性はこう言いました。
「その霊能者よりも、わたしのほうが霊能は上です…」と。
つまり、自分の言うことのほうが正しいと主張したわけですね。
(聞くところによりますと、たいていの霊能者は、自分のほうが上だとか、正しいかと言うらしい…です)

また、彼女は最後にこうも言いました。
あなたは、霊能者のような人に過去生を聞かないほうがよいです」と。

はてさて、これは一体どういう意味なのでしょうか?

この意味不明のことばが、わたしにとってはもっとも信憑性のあることばとなったのです。

それ以来、わたしはいわゆる霊能者と呼ばれている人に、自分の過去生を尋ねるのはやめにしました。
要するに「霊能者が言うことは当てにならない」ということです。
とにかく、「真実はその人の意識レベルによって異なる」のですから。


今になって思うことは、もし彼女たちが見た過去生が実在したのだとしたら、そのすべてがわたしの分霊の過去生であったということです。


★ 分霊と共有した記憶 ★


☆若い頃わたしは「地球最後の日」と思われるような凄まじい映像を、夢で繰り返し見たことがありました。

空から炎の玉がつぎつぎと落ちてきて、「もう死ぬ…」と思い、目の前が真っ暗になったところで、夢から覚めるのです。

この情景が、アトランティス大陸沈没を意味していたことに気づいてからは、自分がアトランティスの時代に生きていたのではないかと思うようになりました。
おそらく何回か、分霊が生まれているはずです。

しかし、この記憶も、「分霊と共有した記憶」であったことが最近になってわかったのです。
なぜなら、わたしがこの地球という惑星に生まれたのは今回が初めてであると、わたしのハイアーセルフが伝えているからです。
太古の昔に異星人として地球に訪れたことはあるが、誕生したのはどうやら初めてらしいのです。
よって、そのアトランティス大陸最後の映像は、わたしの魂の記憶ではあるが、わたし自身(本体)の体験ではないと答えます。
これについては、また次回「類魂説」のところでお話しする予定です。


わたしの娘たちは、わたしの思考が地球人的ではなく、異星人的だと感じていたようで、日本に住んでいても日本人らしくないとか、まるで外国人が旅行で日本に訪れているかのようにぎこちなく、場に馴染んでいない感じで、他の人たちと明らかに違和感があると言うのです。(本人はそのような自覚はないのですが…苦笑)


★ 過去生を思い出す人と思い出さない人 ★


この地球に誕生する前に、わたしはある選択をしてきています。
それは「自分本体の過去生を一切思い出さない」という選択です。
そのことは、わたしの次女が指摘しています。
次女は、わたしが今回生まれる前にどんな人生を歩むかという「人生選択の場面」を見て、知っているのです。
そこは地球霊界にある「生まれ変わりの場所」ではなかったそうですから、やはり地球外の生物(笑)だったのでしょう。

どうやらその際、「自分自身の過去生を思い出すことは、自分にとってプラスにはならない。むしろ邪魔である」と思ったようです。
だから、イギリス人霊能者が「あなたは、霊能者のような人に過去生を聞かないほうがよいです」と言ったことに信憑性を感じたのかもしれませんね。
(彼女がわたしのこの選択を知っていたかどうかは、謎です。笑)

次女のように、自分の過去生を思い出しやすくするために、わざわざその「しるし」をつけて再生する者もいれば、わたしのように一切思い出さないという選択をしてくる者もいるということですね。

さて、あなたはどちらを選択してきた人でしょうか?

次回は「マイヤースの類魂説」について、お話ししたいと思います。


☆ 参考過去記事 ☆
  
  あなたの分身たち                  
  カテゴリ「過去生の記憶





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