ひまわりさんと光のお母さんとの対話 第5弾 ~映画『アバター』から考えたこと、気づいたこと~

2017年03月19日 19:30


ひまわりさんと光のお母さんとの対話 第5弾
映画『アバター』から考えたこと、気づいたこと
~利己と利他~


今回は映画のお話です。
ひまわりさんに二つの映画をご紹介しましたら、感想を書いてくださったので、せっかくの機会だから対話しましょうということになりました。
さまざまな内容が出されましたが、今回は上記のタイトルでまとめました。



◆『ポカホンタス』と『アバター』について


ひまわり:光のお母様と先日お電話でお話しさせて頂いた際、『ポカホンタス』と『アバター』を観ることをお勧めいただいたのでどちらも鑑賞しました。
どちらの映画も侵略者が私利私欲のために『未開人』の土地や資源を奪うということがベースとなっていると思いますが、『ポカホンタス』は音楽も映像も美しく、『アバター』は通常のテレビ画面で観てもCGの大自然が美しく、3Dはさぞやと思いました。
ポカホンタス』も『アバター』も女性がとても生き生きとしていて、躍動感に溢れていました。大変アクティブな女性たちで、一見女性的ではないように思えるのに、他者を受け容れる度量の大きさは女性性の強さを感じさせました。女性としてこうありたいという女性像だと思いました。どちらの映画にも共通するのは『未開人』の女性と『侵略者』の男性が恋に落ちて愛を知り、お互いの種族が話し合い理解しあう必要性を説くもので、やはり愛のパワーはすごいのだと思いました。

光のお母さん:ひまわりさんは『※ポカホンタス』や『※アバター』に登場した『先住民』たちに対し、『未開人』という言葉を使われていますが、それは適切ではないように感じました。本来『初原的な人』という意味なのだと思いますが、『未開社会』の意味を調べると、「現在も文明の外にある社会。文字をもたず、技術水準が低く、社会構造も単純で、伝統的規制が強いなどの特徴をもつ」と書かれています。『未開人』は『未開社会に生きている人』ということで、『野蛮な人』『文化の劣っている人』と思い込んでいる人たちがけっこういると思われます。
文明人と呼ばれる人たちに比べ、太古の昔から存在したネイティブアメリカンのような民族は、霊的に優れた人たちも多く、自然を崇拝し、自然を愛し、自然と共に生きてきました。文字を持っていなくても、智恵は持っていますね。ですから、以前からそこに住んでいた民族という意味で『先住民』と呼んだほうがベターであるかと思いますが、いかがでしょうか?

ひまわり:『未開人』について、おっしゃる通りだと思います。私もひっかかるものを感じながらもどちらの映画でも『未開人』という言葉が使われていたためそのとおりにしましたが、これからは『先住民』に変えます。不適切な表現で申し訳ありませんでした。


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ポカホンタス(Pocahontas、1595年頃 - 1617年)
ネイティブアメリカン・ポウハタン族 (Powhatan) の女性。
英名「レベッカ・ロルフ」。
本名はマトアカ (Matoaka) またはマトワ(Matowa)で、「ポカホンタス」とは、実際は彼女の戯れ好きな性格から来た「お転婆」、「甘えん坊」を意味する幼少時のあだ名だった。
ディズニー映画としてとりあげられている。


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※アバターの意味
ナヴィと人間の人造ハイブリッド種。被験者たる人間のDNAとナヴィのDNAを掛け合わせて造られた人造生命体であり、自我は持たない。パンドラ生物特有の生態交感能力を応用して、外部機械的神経介入によって動かす事の出来る一種のマリオネット。操作するに当たっては被験者との同調率が高くないと出来ない為、DNAの一致しない他人では操作出来ない。ジェイクは双子だった為に選ばれた特殊ケース。リンクが絶たれてしまった場合アバターは昏睡状態に陥り、その間まったくの無防備となってしまう。また、リンクした状態でアバターが死亡しても操縦者が死ぬことはないが、激しい痛みは受けてしまう。ナヴィ達(オマティカヤ族)には“ドリームウォーカー”と呼ばれている。ちなみにナヴィの指は四本であるが、アバターは人間のDNAが入っているためか、五本である。

アバター(映画)ウィキペディアより抜粋


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◆動物と一体となること・個体との関係



ひまわり:どちらの映画も先住民は動植物、大自然や高次の存在との調和があって観ていてとても温かい気持ちになりました。『アバター』では、ネイティリやジェイクが馬のような動物や羽の生えた竜のような動物と接するうちに絆が強くなり、一体となっている様をみて、自分ももっと自分自身の個体と調和し、しっかりとつながっていたいと強く感じました。肉体意識がネガティブな存在を引き寄せてしまうと個体は離れてしまいますが、いつもずっと一緒にいられるように、肉体意識をもっと鍛えて、個体とのギャップを埋めていきたいと思っております。ブログで読ませて頂いた通り、ギャップを埋める努力は肉体意識がする必要があると思っているのですが、個体に対してももし何かアドバイスがありましたらお聞かせいただけませんでしょうか。

光のお母さん:どのようなことを知りたいのですか?

ひまわり:個体が肉体意識を教育し、肉体意識の意識レベルを引き上げることができればよりよい関係を作れるのではないかと思うので、アドバイスがありましたら是非教えて頂きたいです。

光のお母さん:個体に対して、わたしからのアドバイスはありませんよ。
まず個体は肉体意識の教育などはしません。個体は肉体を使用して自己表現をするだけです。優秀な肉体意識なら、自分で意識レベルをあげることはできますが、個体はそんな手助けはしません。肉体は単なる乗り物なので、自分とどうしても合わなければ、去るだけです。

これまでに肉体と個体の関係を記事で繰り返しお伝えしてきておりますが、個体が一生懸命肉体を教育したケースなどは見たことがありません。皆、個体が肉体にはこれ以上入っていられないと感じて去っています。肉体が自分の思うとおりに動いてくれないのだから、ポンコツ車と同様です。もっと自分に見合った肉体を探すしか術はないし、ふさわしい肉体がなければ永遠に待機状態です。個体が肉体を見限って、自ら「究極の本体喪失」の領域に行ってしまうのも、わからないではありませんね。

余談ですが、わたしはネイティリとジェイクが翼龍/マウンテン・バンシー/イクランに乗って空を飛び回る場面が一番好きです。あの情景は、アニメの『ヒックとドラゴン』にそっくりですね。どちらも翼龍に乗って、自由自在に空を飛んでいますが、きっと最高の気分であろうと思いますね。いつ見てもあの場面を見るとワクワクしてきます。

ひまわり: 個体と肉体意識との関係についてご説明くださりありがとうございました。肉体意識の私が個体とはまだ調和のとれた関係が作れていないと思っているため、映画の中の人間と動物の関係を観て、自分の個体と肉体意識の関係がそうなると良いと思っていましたが、個体との関係はそのようなものではないのですね。
意識レベルの高い個体がもっと肉体意識を鍛えて育ててくれれば良いのにと思うのは、肉体意識の怠慢でした。個体にマッチした高性能な車となれるように努力します。

光のお母さん:あまり頑張りすぎたり、背伸びをしたりしないほうがよいです。あくまでも個体が肉体を選ぶのですから、ただ正常波動を保ち続けること、それに尽きます。それがいかに難しいことか、個体を失った人たちにはおわかりになることと思います。
肉体は個体(魂)の手足となって働く道具であり、あくまでも3次元の物質なのです。愚かなくせに高慢ちきで個体を軽んじるような肉体には絶対に入りません。そのことを胆に銘じておいてください。

ひまわり:はい、肝に銘じます。そして個体の手足となれるような肉体意識でいられるよう努力します。

光のお母さん:肉体意識に対して、最後に重要なことを、ここでお伝えしておきたいと思います。
肉体の愚かさや汚れた思念が原因で個体を失ってしまう人が非常に多いのですが、個体を失わないために必要なことは、肉体は自我を殺して個体に従うということです。
個体なき肉体は船頭のいない船と同じなので、何を目的に生きていってよいのかわからなくなるし、高尚な生き方もできないし、実際に個体が入っていたときとは比較できないほど無意味感や無価値感が強くなるはずです。
ですから、肉体は身の程を知って、低我を空しくして個体に従う/同化することが必要です。個体の本来の目的を果たすことができるように働くこと。これが、肉体が肉体として存在する所以なのです。

ひまわり:肉体意識の私は大変怠惰で、個体の希望を尊重せずにいたことが原因で愛想をつかされそうになったことが何度もありました。もうそのようなことが起きないよう、個体を主として、個体に対して献身的でありたいです。エゴの強い肉体意識には正常波動を保つこと、自我を殺すことは大変難しいことだと感じますが、個体と仲良くしていきたいので努力を続けて参ります。

光のお母さん:『霊主体従』を忘れないでください。また、タイミングを逃すと、もうそのことは消去されてしまい、いつかしようと思っていても出来なくなってしまうので、個体が望んだときに、個体の望むことを、何でもすぐに行なうことを心がけてください。



◆利己的な侵略者



ひまわり:どちらの映画にも共通することですが、私利私欲のため、勝手にやってきては土地や資源を手に入れるために大自然や先住民の命を破壊する人間に対して、大変な怒りが湧いてきました。領土を広げるため、資源を得るための争いが絶えないのは侵略者の利己主義、エゴが原因だろうと思いますし、際限のない欲望を感じるのですが、エゴは性質として満足を知らないものなのでしょうか?

光のお母さん:エゴとはそういうものです。そして、エゴに満ちた者だけが自己中心的になれるのですよ。この意味が分かりますか? 

ひまわり:はい、分かります。
自分たちの土地や資源だけで満足せず、領土や資源を目的として他国へ侵略をするその心理の根本にある問題は何でしょうか?なぜこんなにもエゴに満ちて利己的になってしまうのでしょうか?

光のお母さん:自分自身が満たされていないからですね。特に愛が欠如しているからです。愛の欠如の原因は、もうわかりますよね。誕生して愛が必要なときに、母親からの愛を受けられなかったことです。特に王や殿様など身分が高い者ほど、自分の領土を増やしたいという野望が生まれます。彼らは赤子のときから母親と引き離され、乳母に育てられたりするので十分な愛情をもらえなかった可能性が高いですね。これは、特に男の子に多くみられます。
愛情が定着しなかった子どもがどんな人間に育っていくかは、これまでの「愛着問題」の記事を読んでおられるなら、すでにご承知であろうと思います。
欠如した愛の代わりに、たとえば、広大な土地や富や名誉や地位を手に入れることで満たされようとするわけです。でも、それは自己欺瞞であって、そんなことでは真の満足は得られませんね。

エゴと愛は同時には存在できません。光がやってくると闇が消えるように、愛の気持ちが生まれればエゴは消え失せます。
はじめは侵略者側だったジェイクが先住民のネイティリを愛するようになったら、エゴは消えましたね。また、インディアンの土地を植民地として侵略しようとしていたイギリス人のジョン・スミスも、首長の娘ポカホンタスを愛した結果、インディアン側につきましたね。
再度言いましょう。光があるとき、そこに闇がないように、愛があるとき、自己/低我/エゴはありません。
ひまわりさん、これでお答えになりましたか?


ひまわり:ご説明いただきありがとうございます。愛着問題が根本にあるのですね。母の愛の重要性をつくづく感じます…しかし、実の母の愛でなくとも、ジェイクやジョン・スミスのように他者との愛を知れば変わることができるというのは希望があると感じました。



◆まとめ



光のお母さん:「あっち(ナヴィ族がいる世界)が本当の世界で、こっち(アバター遠隔操作用カプセルの中に横たわって目を閉じている現実)が夢に思える」とジェイクは言っていましたね。
わたしはジェイクの意識がアバター/化身/分身に入って、パンドラのナヴィ族がいる別世界を体験するという設定がとても興味深かったのですが、ひまわりさんはこの『アバター』を鑑賞されて、どのあたりに感動されましたか?
また、監督のジェームズ・キャメロンは何を一番伝えたかったのだと思いますか?

ひまわり:そもそもは脊椎を損傷し、下半身不随となった身体を治療するための費用を得るために侵略者の一人としてパンドラにやってきたジェイクでしたが、ネイティリをはじめとするナヴィの人々等とのつながりを通して、真の自己に目覚めていくことが物語の中心であったと思いました。パンドラにやってきたきっかけはお金を得るためという利己的なものであったと思いますが、アバターを通してパンドラで生活する中で、ジェイクが徐々に成長し、エゴがおちて利他的になっていくその変化と成長の過程が素晴らしかったと思います。また、映画の最後、スカイ・ピープル(地球人)とナヴィたちとの闘いのところで、ナヴィの動物たちが自発的にスカイ・ピープルに反撃しているところで『エイワが応えてくれた』とネイティリがジェイクに向かって言う場面に深く感動しました。ジェイクがエイワに助けを求める場面で、ネイティリは『母なるエイワは誰の見方もしない。自然の調和を守るだけなの』と言っていましたが、エイワがジェイクに応えたということは、ジェイクがパンドラの調和を守るために闘ったからだろうと思います。闘いではありましたが、ナヴィの人々と動物たちが調和していて、奇跡のようで涙があふれました。

監督はこの映画を通して、私たち人類の欲深さ、利己主義が大自然を破壊しているということ、それを何度も繰り返している愚かさを伝えたかったのだと思いました。そして本来の自己の発現の必要性を説いているのではないかと思います。そうすることで、利己主義から利他主義への移行を促しているということではないかと思いました。私たちにはもうそれしか道は残されていないのではないかと感じています。エゴの強い自己中心的な私は、自分からそれを始める必要をひしひしと感じております。

光のお母さん:ひまわりさんが思う「本来の自己の発現」とは何を指しているのですか?

ひまわり:ハイアーセルフ状態になることではないかと思っております。『私はあなたが見える』という台詞が何度かでてきましたが、それは相手がハイアーセルフ状態となっているということなのだろうかと思いました。

光のお母さん:そのように言えなくはないですね。しかしながら、そんな状態で常にいられる人は稀です。そこまで監督が要求していたかどうかはわかりませんが。

ひまわり:特に『アバター』は様々な観点から学べる映画だと思いましたので、またいずれ別の観点から対話の続きをさせて頂きたいと思っております。
光のお母様、素晴らしい映画をおすすめくださりありがとうございました。そしてこのたびも対話をさせていただきありがとうございました。



アバター 写真

◆光のお母さんからのメッセージ



映画『アバター』のなかで、主人公であり元海兵隊員だったジェイク・サリーがオマティカヤ族の族長の娘ネイティリに出会ったとき、「愚かで子ども、何も知らない」と非難される場面があります。人間は手に入れたいものを「欲しい、欲しい」とがむしゃらに欲しがり、わめいている子ども同様だと、ネイティリは感じているわけで、そこのところにすこぶる共感を覚えました。

発達した科学を持ち、圧倒的な軍事力を備えた地球人たちは、ナヴィを非常に軽んじていましたが、自然界の複雑な生命の仕組みなどの理解にはまるで及びません。ただ、自分たちの欲しいものに対して突き進むだけで、森の木や先住民たちの命の尊さ、犠牲を考えることもありませんでした。人間/地球人というのは欲望に翻弄され、自然を征服し、何でも人間の思い通りにできるのだと思い込んでいる生き物だということがわかりますね。

ネイティリが「エネルギーは借りているだけ、いつかは返すもの」と言っていたように、ナヴィは自然の真理をよく理解していて、生物間のエネルギーネットワークを感知し、そのネットワークの一員として生きていたのです。
しかしながら、地球で足りなくなったエネルギーを補うために惑星パンドラに来た人間/地球人は、不足すれば他から奪ってくる。そして、手に入れた資源/エネルギーは自分たちのもので、全て消費してもよいという非常に自分勝手で自己中心的な考えが根底にありました。

ディズニーのアニメ映画『ポカホンタス』にも、イギリス人たちの自己中心的な考えが多々描かれており、動物に銃を向けたジョン・スミスに対して、ポカホンタスが「心の声を聞き、風の色を知りなさい」と歌う場面があります。
この映画を巡っては、インディアン側から批判があり、激しい抗議もあったと伝えられていますが、「第1話」を見る限りでは、自然や動物を大切にしながら、同じ生命をもった仲間として生きていくことの重要性を示唆している作品だと思うし、さほどの問題は感じませんでした。

この『ポカホンタス』と同様に「美しくて平和な地球をつくろうという気持ちになってほしい」というのが『アバター』に込められたキャメロン監督の思いでもあったと思います。
『映画com』というH.P につぎのような記事が載っていましたので、監督の直の言葉をご紹介しておきます。


ネイティリ


――地球人がパンドラを侵略する様子は、まるで現実の戦争のようですね。

「人類の歴史は侵略の歴史でもある。植民地時代には欧州の列強がアメリカ大陸やアフリカ大陸を侵略し、自分たちが欲しいものを現地人から勝手に奪い取っていった。では、その侵略される側はどういう気持ちになるのかということを、この映画は描いている。被害を受ける側からね。多勢に無勢で襲われた時、どんな気持ちがするか。映画の中で無数の軍用ヘリコプターが襲ってくる場面がある。私もたまにヘリを見ると、もしあれが襲ってきらどうしようと恐ろしく思うことがある。そういうことを見る人に自問させたいんだ。いまの地球を見て、政治家たちがしていることを見て、目を開きなさいと言いたい。軍隊というのは建前としては正義のためにあって、私も別に軍隊を否定はしていない。守るための力は必要だ。でも、それが間違った使われ方をしてはいけないということを伝えたかったんだ」

http://eiga.com/movie/53184/interview/3/


まだ観ておられない方も、すでに観られた方も、再度キャメロン監督の意思を頭の片隅において、鑑賞してくださればと思います。

最後にポカホンタスが歌っていた『カラー・オブ・ザ・ウィンド』をご紹介します。YouTubeで聴いてみてください。



カラー・オブ・ザ・ウィンド (ポカホンタス)
https://www.youtube.com/watch?v=fX-XQnzhmjg



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カラー・オブ・ザ・ウィンド/ポカホンタス
作詞 Sephen Schwartz
作曲 Alan Menken

何にも知らないっていうけど
何にも見たことないっていうけれど
何もかもが分かるというの
知らないことばかりよ、そうでしょう

あなたが踏むこの大地を
よく見てごらんなさい
岩も木もみんな生きて
心も名前もあるわ

あなたが知らない世界
知ろうとしてないだけ
見知らぬ心の扉
開けて覗いてほしいの

蒼い月に吠える狼と
笑うヤマネコの歌
あなたにも歌えるかしら
風の絵の具は何色
風の絵の具は何色

森の小道かけぬけて
甘いイチゴはいかが
自然が与えてくれる
愛に身を任せるの

みんな友達いつでも
鳥もカワウソたちも
命は関わりを持つ
丸くて永遠のもの

ああ、あの木の高さ
もし切ればわからない
月としゃべる狼の声
あなたには聞こえない
山の声と歌を歌って
風の絵の具で絵を描く
そして初めて答えがわかる
風の色は何色か


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あなたも心の声を聞き、風がどんな色をしているか、
感じてみてください。

2017年3月19日
光のお母さん



小鳥さんたち

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