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過去生の記憶―次女のエジプト時代の過去生

2010年09月08日 12:00


★ 過去生の記憶 ★



過去記事「転生の記憶―誕生までのプロセスⅠ&Ⅱ 」で、わたしの次女の過去生に触れました。
このブログの読者さんのなかにも、あるとき突然自分の過去生がよみがえってきたという人がいらっしゃるかもしれませんね。これはじつに興味深い現象です。

次女は子どものころから自分の過去生だと思われる映像を断片的に見ていたといいます。
当時は「夢で見たストーリー」だと思いこんでいて、それがただの夢なのか、真実なのか、他人のことなのか、自分のことなのか、よくわからなかったようです。

その映像の断片が、過去生きていた「ひとりの人間の生涯」として結びつき、「ひとつのドラマ」として明確に理解できるようになったのは、この数年のあいだのことです。

次女の記憶が鮮明に甦ってくるのは、特にわたしとスピリチュアルな会話をしている際でした。
何かきっかけ(過去生に関するキーワード)があると、思い出しやすいようでした。
そんなときは、泉のごとくつぎつぎとあふれ出てくる感じでした。

次女が語ったいくつかの過去生のなかで、特に古代エジプトの記憶が鮮明でした。
次女本体だけでなく、分霊エジプトという地に何度も生まれていたため、分霊と共有している記憶が重なり、情報量も多かったのです。
また、わたし自身の魂も、太古のエジプトと深く関わっているため、過去を知る必要性があったのです。

次女の過去生にフォーカスして不特定多数のみなさんにお話をすることに意義があるかどうかは、読者の個々人が判断されることです。
ですから、過去生を信じない人や、他人の過去生になどまったく興味がないと思われる人にとっては、この記事は何の役にも立たないでしょう。

しかし、「古代エジプトの出来事」や「ツタンカーメン」に関心のある人にとっては、もしかしたら新しい気づきが生まれるかもしれませんし、改めて「過去生」というものについて考えてみる機会が得られるかもしれません。
ともかく、思いの制限をひらいて、お読みくだされば幸いです。


★ 次女のエジプト時代の過去生 ★



次女は、幼い頃からエジプトに大変興味を持っていたようです。図書館で初めて手に取って見たのは、エジプトのミイラの写真が載った本だったといいます。
そして、ツタンカーメンのマスクや人型棺を見て、同じような格好をして、杖を持った手をクロスさせてみたりしていたのだそうです。
また、墓の中に描かれた壁画にも関心を持ち、もしエジプトに行くなら絶対に壁画を見たいと、わたしに言っていたのです。


     ツタンカーメン


2008年に入ってから、エジプトに関するテレビ番組が急激に増えました。
いろんな放送局で放映されているのを見るようになったからです。
常日頃あまりテレビを見ないわたしが、たまたまチャンネルを変えると、やたらエジプトのピラミッド王家の谷などが目に飛び込んでくるようになり、ひどく不思議に思っていました。
これは偶然なのだろうか? 今エジプトにいったい何が起こっているのだろうかと。

次女がエジプト時代の過去生の話をし始めたのは、2007年の後半になってからでした。
2008年の2月にハイビジョンテレビで「エジプト特集」の再放送を一緒に見て以来、過去生の詳細がつぎつぎと判明し、巷で騒がれていた「ツタンカーメンの呪いの謎」までも解明するに到ったのです。実に驚愕すべき内容でした。

まず、ツタンカーメン王の墓を見つけたイギリスのハワード・カーター氏がテレビの画面に現れたとき、初めて見たにも関わらず、次女は「わたしはこの人を知っている」と言い出したのです。
それを契機として、いろんなことを思い出し始めました。

ツタンカーメンはまちがいなく殺害されたのであり、死亡した直接の原因は毒だということ。彼を殺すために手を結んでいた人は三人いて、それは年取った男と中年の男と若い男だったということなどです。

なぜそんなことがわかったのかというと、次女の脳裏にツタンカーメンの妻であった記憶があったからです。
ツタンカーメンは世界的に大変有名ですが、彼の妻に関しては、さほど知られてはいなかったように思います。

ツタンカーメンの妻というのは、みなさんもご存じのようにアンケセナーメンのことです。
彼女については最近になってようやく焦点が当てられてき始めたと思いますが、まだまだ謎が多い女性ですね。
次回より次女から聞いた「アンケセナーメンの真実」をお話ししたいと思います。



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過去生の記憶―ツタンカーメンのミイラを作った次女の過去生

2010年09月14日 11:15


★ 過去生の記憶
   ―ツタンカーメンミイラを作った次女の過去生 ★



次女の過去生を調べますと、地球のいろんな国に転生していることがわかります。
そのうち、エジプトには七回生まれていることがわかりました。
七回のうち本人が出生したのは二回で、あとの五回は次女の分霊たちでした。

そのうちのひとつの過去生を詳しくみていくと、大変興味深い真実がわかってきました。
なぜ、次女が幼い頃からミイラツタンカーメンに興味を示していたか、(過去記事 過去生の記憶―次女のエジプト時代の過去生 に書いています)納得できる理由が確実にそこにあったからです。

次女がエジプトに生まれ、生きていたのは、ちょうどアメンヘテプ4世~ツタンカーメン王が生きていた時代で、分霊のアンケセナーメンが生きていた時代とも重なります。
(ここでは、王家の人々の誕生~死亡の年代決定法の誤差や異説が多く、実際と比較すると混乱が生じるため、あえて記載しません)

次女の過去生での名前を、とりあえずバルとしておきましょう。
バルは男性で、職業はミイラ職人でした。
彼はツタンカーメン王の父、アクエンアテンのミイラだけではなく、何と、ツタンカーメン王のミイラを作った人物だったのです。
今生で次女がミイラに関心があったのも当然のことです。
特に若い男のミイラに次女は強い反応を示していたのです。

本職はミイラ作りでしたが、壁画も手がけていたようでした。
次女は、自分のほかに若い男がいて、共に壁画を描いた覚えがあり、その若い男は超能力があって絵も上手だったが、自分は下手で超能力もなかったとわたしに語っていました。

その若い男のことが気になったので、調べてみると、彼とは兄弟であったことがわかりました。
バルは彼より七歳年上の兄だったのです。
そして、驚くことに、その弟というのが、今生では次女の姉となって生まれていたのです。
つまり、今生ではわたしの長女です。
その長女のエジプト時代の過去生の名前をセシュとしておきましょう。

セシュは絵が上手だったため、王墓や神殿の壁画を描く職人として活躍していたようです。
今でも彼の描いた壁画が残っているのですから、すばらしいと思います。
兄のバルはミイラ職人でしたが、弟の手伝いもしていました。
ツタンカーメンの墓の壁画も彼らが描いたのです。
当時バルが三十六歳で、セシュが二十九歳でした。

次女は、自分があまりに絵を描くのが下手だったので、弟になぐられて半殺しにされた記憶があると言っておりました。
そのときなぐられたのがきっかけで目覚め、その後絵が上手になったというのです。
おそらく第三の目が開いたのでしょう。
何か可笑しさがあって、つい笑ってしまいました。



★ 次女本人と分霊アンケセナーメンとのかかわり ★
 


バルは当時、分霊であるアンケセナーメンとも関わっています。
分霊がすぐ近くに生まれていることはよくあるようです。

ツタンカーメンの墓から発見された副葬品のなかに「黄金の玉座」がありますね。
あまりにも有名になっているので、皆さんも一度くらいはテレビや写真で見られた覚えがあるのではないかと思います。

黄金の玉座」は木製張りで、足はライオンの四肢をかたどってあり、背もたれにはアテン神と、王妃アンケセナーメンがツタンカーメン王に香油を塗る仲むつまじい姿が描かれています。(写真参照)



     ツタンカーメンの椅子
            ツタンカーメンの椅子―黄金の玉座



★この玉座はアンケセナーメンが作らせたものだと、次女はいいます。
椅子に描かれたこの王妃の顔を見たアンケセナーメンは、「わたしはこんな顔じゃないわ!」と怒ったのを、次女は覚えているそうです。(写真参照)

次女に言わせると、アンケセナーメンの顔は結構きつくて、性格も勝気な女性だったそうです。
よって、あの玉座の絵は、次女の過去生であったバルが描いたものだということです。



     アンケセナーメン 顔
            アンケセナーメンの顔


現在のわたしの長女と次女は、エジプトでまた異なったファラオの時代に兄弟となって生まれ、壁画を描いています。
わたしの分霊が生んだ息子たちであったこともあり、今現在のわたしの夫が当時の彼らの父親であったときもありました。
「地球に生まれたわたしの分霊たち」と「現在のわたしの娘たち(長女と次女)」との関わりの多くは、エジプト時代にあったのです。




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