ひまわりさんと光のお母さんとの対話 ~第8弾 光/愛を受け取れる人、受け取れない人~

2017年04月16日 17:30


桜が葉桜に変わりつつ、日に日に気温が高くなっていますが、皆さま、お元気でしょうか? 

4月のセミナー後のお花見は、まだつぼみで花を見ることが適わず、とても残念でした。今年は全国的に開花時期が遅かったようで、大根島の桜も一週間ほど遅れました。お花見の10日後の13日にひとりで再度大根島に行ってみたのですが、そのときは満開で、芝生にはすでに散った花びらでピンク色に染まっていました。それでもまだまだ美しくて、有志の皆さんに見せてあげたかったと切に思った次第です。桜に「ありがとう」を言いながら、大塚山公園で写真を撮ってきましたので、どうぞ見てください。


大塚山の桜1
   2017年4月13日大根島大塚山公園にて



ひまわりさんと光のお母さんとの対話
~第8弾 光/愛を受け取れる人、受け取れない人~


<飴玉を受け取ることについて>

ひまわり:「困ったちゃんの心理」のシリーズで、ROM先生、光のお母様からいただく愛と光を飴玉と表現されていた箇所がありました。その表現がとても的確だと思いましたし、なんだかとても好きな表現なので光のお母様とのメールのやり取りなどでよく使わせて頂いています。
さて、つい先日でしたがネガティブな存在を引き寄せてしまった際に、ROM先生、光のお母様から今まで頂いた飴玉を私が受け取れていないとお知らせいただき、あまりのショックに呆然としました。飴玉をたくさん頂いていたことは理解しているのですが、それらを受け取れていなかったことは頭では全く理解できずにおり、ただただ涙が出るばかりでしたので、頭よりも身体の細胞のほうがそうだ、そのとおりだと言っていたように思いました。
初めての対話で「光のお母様からはすでに山のように飴玉をいただいていたことに気づいたら、もっと欲しいとは思わなくなりました。」とお伝えしていたにもかかわらず、ここしばらくの間、すっかり調子を崩してしまって何度も光のお母様のお手を煩わせてしまいました。今まで本当にたくさんの飴玉を頂いていたので、「それが身に付いていたらこんなに調子を崩すことにはならないでしょう」と指摘されて、おっしゃるとおり飴玉を受け取ることが出来ていなかったのだと思いました。ただ、受け取らないと拒絶したつもりはなく、ましてや捨てたりなどしていないのに、受け取れないということがどういうことなのかが頭では分かりにくいので、どういうことなのか教えて頂けませんでしょうか?



大塚公園の桜2
   2017年4月13日大根島大塚山公園にて


<飴玉を受け取るという意味>

光のお母さん:飴玉は本来舐めるものですね。舐めてその美味しさを感じなければ、いくら持っていても意味がないものです。飴玉をしっかりと味わい、自分の胃の中、腸の中に吸収されたなら、それに満足感を覚え、身につくのです。
わたしが皆さんに差し上げている飴玉は、その人に応じて内容が違うので、味もさまざまに異なっていると思いますが、愛がいっぱいつまった光でできた飴玉です。その効果は細胞レベルにまで及びます。それを食べたら、一個で満腹感を覚えるはずなのです。ところが、一個では足らずに、何個も何個もほしがる人がいます。過去生を含め、幼少時からずっと愛に飢えていた人は、ほしくてしかたがないし、もともと欲張りの人は何十個も何百個も限りなくほしがります。ほしがるからその都度あげるのですが、その飴は一体どこにいったと思いますか? ひまわりさんの場合は、どうでしたか?

ひまわり:飴玉はもったいなくて、その場ではすぐに頂かずにとっておいていたような気がします…。また、ときどき自分には飴玉を頂く資格がないような気がしてしまって受け取れなかったのかもしれません。

光のお母さん:「受け取る」と言うよりも「受け容れる」と言ったほうが、わかりやすいかもしれませんね。わたしが言う「受け取る/受け容れる」というのは、飴玉をもらったらすぐに口の中に入れて、しっかりと味わいながら幸福感で満たされ、それを腹にまで落とすことです。その滋養あふれる光/愛が細胞レベルまで浸透して、細胞が喜んではじめて「受け取れた」と言えるわけです。そうなったら、本当に満足できるので、またすぐに飴玉を欲するようなことはありません。細胞がちゃんと記憶しているからです。
あげても、あげても欲しがるような人は、うまく消化吸収できていないか、もらったけれども籠に入れて積んであるだけで実際に口に入れてとことん味わっていないということになります。

さきほどひまわりさんは「ときどき自分には飴玉を頂く資格がないような気がしてしまって受け取れなかったのかもしれない」と言われました。「資格がない」というのは、「自分には価値がない」という観念から来ていますね。「自分には価値がない」と思うと、当然のことながら自分を愛せなくなります。「自分は愛するに値する人間ではない」と思うと、人からは何も受け取ろうとしなくなるのです。
毎回プラーナを補充しても、すぐにエネルギー/プラーナ不足になる人は、真に受け取っていない、受け取れていないからなのではありませんか?
もしあなたがそうだとしたら、わたしがあげた飴玉はもらったふりをしていただけで、真に受け取って、食べてはいなかったということになります。
どうですか? 真の意味で飴玉を一個一個喜んで受け取り、とくと味わってこられたでしょうか?

ひまわり:ものすごくショックなのですが、おっしゃる通りだと思います。受け取る資格がないと思うのは私の課題と直結していると思いますし、飴玉を味わえていなかったのだと思います。最近は毎日のように見えない身体が壊れてしまい、先日光のお母様が「細胞が見えない身体を保護しようという協力体制になっていない」とおっしゃられたことが本当にショックでした。もったいないから飴玉を取っておこうと思ったのは、大いなる間違いでした。飴玉が必要な細胞のためにも、頂いたらすぐに包みを開けて口に入れる必要があるのですね。

光のお母さん:そうですよ。飴玉は、口に入れて味わうことに意味があるのです。とっておいても何の足しにもなりません。
なかには、飴玉をもらっても、その飴玉の価値が全くわからなくて、感謝の気持ちがなく、「なんだ、これだけ?」としか思わないような人もいます。その愛を無下にしてしまっているわけですね。そういう人は、「受け取る能力がない」ということです。そういう人にいくら飴玉をあげても、ほとんど意味がありません。滋養になっていないのですから。だから、同じ過ちを何度も何度もくり返すのです。飴玉を今までたくさんもらっているはずなのに、その人がその後どうなったか、その結果を見れば一目瞭然ですね。

ひまわり:もう本当に耳が痛いです…。今まで頂いた飴玉をかき集めて今すぐ食べて、細胞に喜んでもらい、愛を感じてもらわなくてはと思いますし、受け取る能力を身につけなくてはと思いますが、受け取る能力はどうすれば身につくのでしょうか?



紫モクレン
     紫モクレン  撮影 光のお母さん


<「愛/光を受け取れる能力」は、「自分を愛する能力=他者を愛する能力」>

光のお母さん:そもそも「受け取れる」「受け容れられる」という行為は、自分を愛していないとできないものなのです。自分を真に愛していれば、素直に受け取り、受け容れることができます。ですから、あなたが自分自身をほんとうの意味で愛していれば、飴玉を喜んで受け取り、受け容れられるはずなのです。「愛/光を受け取れる能力」は、「自分を愛する能力=他者を愛する能力」と言ってもよいでしょう。そのことがわかりますか?

ひまわり:今まで飴玉を受け取っていたつもりだったのにできていなかった理由が良くわかりました。自分を愛することを止めてしまっていたと反省しています。辛くて自分の問題を直視できずにいたので、問題と向き合えずに自分を責め続けて時間とエネルギーを無駄にしてしまいました。申し訳ありませんでした。
これからはもっと素直になって、必要なときは光のお母様に「飴玉をください!」と手をあげます。そして頂いたら間髪を入れずに飴玉を口の中に入れて味わいます。

光のお母さん:わたしが差し上げた飴玉を、心から喜んで受け取ることができるのはたいてい個体です。但し、個体の霊格にもよるので、すべてが受け取れる能力があるとは言い難いですが、本体の場合は、まちがいなく愛と感謝の気持ちで受け取り、受け容れて、そして愛と感謝を返してくれます。高次元の存在ほど、受け取る能力は高いということです。
残念ながら、肉体意識でそれができるのは、現在わたしの知る限りではいらっしゃいません。つまり、高次の存在ほど、自分自身を愛し、他者を同じだけ愛することができるということです。
「愛/光を受け取れる能力」は、「自分を愛する能力=他者を愛する能力」であるということを、覚えておいていただきたいと思います。
 
       
白い花
        撮影 光のお母さん


<光の積木崩しについて>

光のお母さん:くり返し「光の積木崩し」をしている人が多々おられますが、そういう人は飴玉を味わうことなくドブに捨てているのです。その人のために費やした労力と時間が無駄になったことを知ると、「その人の選択の自由だから仕方がない」と思いながらも、やはりがっかりしますね。

ひまわり:受け取っていたつもりが受け取れていなかった私は五十歩百歩だと思うのですが、ドブに捨てるということが私には理解しにくいです。ドブに捨てるということは自己探究の大変さや苦しさから、光に向かうことを諦めてしまったということでしょうか?

光のお母さん:して差し上げたこと(飴玉)の価値や意味、その効果がわからなくて、厚意を無下/だいなしにしてしまうということです。わたしのほうからすると、したことが全く無駄となってしまっていて、やった甲斐がないということです。

たとえば、過去にお金に困っている人がけっこうおられたので、電話相談料を無料にしたり、経済的な余裕ができるまで何か月も待ったり、その人がお金の心配をせずに光に向かえるよういろいろと便宜を図ったりしたことがありました。しかし、結果を見ると意味がなかったことがわかるのです。悪霊の力に負けてしまったのか、三次元的思考に堕ちてしまったのか、何の報告もなしに光のコースを止めてしまった人が何人もいらっしゃいます。もらった飴玉をしっかりと味わっていれば、決してそういう結果にはならないのです。
そういう人は、飴玉をいくらもらっても「受け取っていない」「受け取れない」のです。欲しいくせに受け取れない。だからいつまで経っても、光/愛の何たるかがわからないのです。
「天邪鬼」を演じている人や恩を仇で返すような人は、光や愛に満たされることはありませんから、決して幸福にはなれません。自業自得なのですよ。

ひまわり:私も「天邪鬼」の傾向があり、ブログの「困ったちゃんの心理①」を読ませて頂いた後、光のお母様に「あれは私のことだと思いました」とメールさせて頂いたのを覚えています。しかし、何度もブログを読ませて頂き、課題等を進めて行くうちに、「天邪鬼」でいると相手を傷つけるだけではなく、自分の首を絞めるだけだと思いましたので、もう卒業しようと決めて素直であるよう心がけています。むしろ「天邪鬼」よりも「良い子」を演じる方が卒業しにくいように思っております。どちらも本来の自分ではなく仮面をつけて演じているという点でコインの表裏で同じことのようにも思えるのですが、光のお母様はどう思われますか?「天邪鬼」は明らかに損をするけれど、表面的には得になりそうな「良い子」や「善人」を演じることをやめられない人が多いような気がしますし、自分もその傾向が強いのでこのあたりを掘り下げたいです。

光のお母さん:わたしからすると、「天邪鬼」も「良い子」も自己欺瞞なので、本人が苦しいだけで、何の得にもならないと思います。
「良い子」や「善人」を演じても、わかる人にはすぐにわかるものですよ。世の中には、「偽善者」にすっかり騙されてしまっている人たちも多々おられるようですが、人を見る目を養うこと、その人の本質を見抜く力が必要ですね。特にカウンセラーのような仕事を目指しているような人は、透徹した目がないと、できません。自分自身のことをよく知らず、自分自身を欺いているような人、つまり自己欺瞞に陥っているような人は、相手が偽善者かどうかを見極める目を持つことはできないのです。
非難中傷して人を裁いてばかりいるような人がけっこういますが、そういう人というのは、相手の外面、それもほんのわずかな部分だけしか見えていないということです。

ひまわり:私は長い間、自己欺瞞に陥っていたことに気づいていませんでした…。ただただ苦しかったのは確かです。自己欺瞞に陥っている人は他者を見極める目がないというのが理解しにくいのですが、教えて頂けますでしょうか?

光のお母さん:「欺瞞」とは、「だます、あざむく」という意味ですから「自己欺瞞」とは、「自分をだましている状態」です。自分の良心/本心に反しているのをどこかで気づいていながらもそれを正当化している状態、あるいは、自分に問題があることに全く気づいていない状態のことを指しています。
自分自身のことを正しく見て、判断することができない人間が、どうして他人のことを正しく見て、判断することができるのでしょうか? また、自分の良否や真偽、正常か異常かを見極められないような人間が、他人の良否や真偽、正常か異常かを見極めることができるのでしょうか? 
どうですか? これでご理解いただけましたでしょうか?

ひまわり:ご説明いただきありがとうございました。理解できました。もっと内側に向かう必要性を強く感じました。



桜
    大塚山公園の桜  撮影 光のお母さん


<おせっかいについて>

光のお母さん:イエスが言っていますね。「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう」
(マタイによる福音書7章3節~5節:日本聖書協会 聖書より)

イエスは、「裁いている人の目の中には梁が存在していますよ」と言っているのです。裁いている人自身は、相手のことをよくわかっていると思い込んでいるのですが、目に「梁」があるために、ほんとうのことが隠れてしまって見えなくなっているわけです。こういう人に限って、他人の目にある小さなちりが気にかかって仕方がないんですよね。そして、相手の目にあるちりの存在を指摘して批判や非難中傷をしたり、「そのちりは邪魔だから、私が代わりに取り除いてあげよう」と、自分では善意だと思って、その人のためにおせっかいなことをやろうとしてしまうわけです。そういう人、周囲にいませんでしたか?

ひまわり:はい、たくさんいました。そして自分もその傾向がとても強くあります。善意のつもりでやっていることなのでおせっかいではなくて思いやりのつもりなのです。こちらの善意のつもりで行ったことが、結果として相手にとって良い結果をもたらさなかったとき、自分がしたことはおせっかいだったのではと思ったのですが、それを認めたくない自分がいました。「私の善意に応えない相手が悪いのだ、私は悪くない」と思いましたが、どのような反応をするかは相手の自由ですし、相手が期待通りの行動をしないからといって怒るのは私の主張を押しつけているだけだと気がついたら、今度は相手に申し訳なくなって執拗に自分を責めました。
誰も幸福にならないことに時間とエネルギーを費やしてしまい、つくづくバカバカしいことをしていたと思います。
そして冷静に考えると、相手に対するおせっかいはほんとうは自分自身の問題を相手に投影していただけなのではないかと思っています。
この数ヶ月、おせっかいな自分のせいでかなり愛から遠ざかってしまいました。おせっかいはもう卒業したいと思います。もっと自分の内側に向かって行く必要を感じます。

光のお母さん:そうですね。自分のことを棚に上げて「おせっかい」という「愛の押し売り」をしないことですね。

「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう」
このイエスの言葉を、ぜひ覚えておいてほしいのですが、ひまわりさんは、この「梁」とは何のことだと思いますか?
「梁」が象徴しているものは、何でしょうか?



モクレン
     紫モクレン  撮影 光のお母さん


<目の中の梁とは何か?>

ひまわり:「梁」は家の屋台骨でもありますので、自分の根幹となるもの、思い込みも含めた信念を象徴しているのではないかと思います。また、「梁」は「チリ」と比較するととてつもなく大きなものだと思うので、その大きな「梁」、信念、思い込みによって目が塞がれている、視界が遮られて狭くなっているということなのかなと思ったのですが、如何でしょうか?

光のお母さん:そうですね、イエスがどんな内容を想定して「梁」と言われたのか、その真相は定かではありませんが、わたしの見解では、『目に梁が入った人』というのは、『間違った思い・勘違い・ズレた受け取り方をしている人』『異常波動を引きつける原因をたくさん持っていて、物事を自己中心的に受け取る人』つまり、『勘違いをしているくせに、自分は間違っていないと思い、自分の間違いを認めたくない人』すなわち『歪みがひどい人』ということになりましょうか。
そういう人は自分の都合のよいものだけを見たり聞いたりしますが、都合の悪いことは見ようとも聞こうともしません。「悪霊に影響されている人は、聞く耳を持たない」と以前から伝えておりますが、「あなた、勘違いしていませんか? その受け取り方は間違っていますよ」と言うと、「間違っているのはおまえのほうだ、正当化しているのはおまえのほうだ」と逆上して悪態をついてくるような人です。『自己愛性人格障害』のある人に多い症状です。すべて『歪んだ自己愛』から生じていることですね。

ひまわり:そのような人と話をしていても堂々巡りとなってしまい、話が通じなくて嫌になって離れたくなってしまいます。ある人物がすごく嫌になってしまい、理由を告げずに離れていったらその人物に執拗に追いかけてこられたという過去生が出てきましたので、「それはおかしい」と伝える必要があると思っていますが、逆恨みされるような気がしてなかなか難しいです。異常波動になって悪霊等のネガティブな存在をたくさん憑けてしまっている人に、おかしいと指摘する際のアドバイスを頂けませんでしょうか?

光のお母さん:逆恨みされるのが嫌なら、言わないことです。相手を大切にしたいのか、自分を大切にしたいのか、どちらも大切にしたいのか、あなたが何を選択したいかです。
相手に悪く思われて、嫌な思いをしたくないのは、自分を大切にしたいだけですから、そこに相手への愛はありません。怖れ自体が愛の欠如です。何かを怖れているとき、そこに愛はないと覚えておいてください。
もし愛をもって、相手に「あなたの状態、言動おかしいよ」と伝えたいなら、相手がどのような反応をしようが、その結果を気にしないことです。毅然として伝えることです。それができないなら、あなた自身にまだ準備ができていないということになります。
あなたに説得する能力があれば、憑いている悪霊だって改心させることができますし、彼らを浄化してあげることも可能となるでしょう。「逆恨み」を懸念しているようなら、最初から近づかないこと。関わりを持たないことです。以前に悪霊の対処法をブログに書いていたと思いますが、思い出していただきたいと思います。

ひまわり:ああ、耳が痛いです…。伝える努力はしているつもりなのですが、相手の反応や結果を気にしすぎるのだと思いました。結果が伴わないと自分の言い方が悪かったのではないかと落ち込んで自分の行動を後悔してしまい、ネガティブ霊の影響を受けてしまうなど、明らかに準備不足でした。説得する能力を身につけて伝える際も、その後も毅然とした対応ができるようになりたいです。私の「梁」は弱い上に歪んでいるようです…。

光のお母さん:実は、このイエスの言葉を思い出したとき、「梁」について調べてみたのですよ。その文字の語源は、「向こうへ渡る」という意味が変化したものだそうです。飛び越えられるくらいの川幅ではないとき、川に丸太や何か渡れそうな「横に掛かる」物を置いたりしますが、そのように「向こうへ渡る」行為によって生まれた「横方向に掛かる部材」が「梁」なのだそうです。建築的に言えば、「梁」は屋根を支えるため両側の支柱に架け渡す横木のことです。建物は、「柱」と「梁」の両方あってこそ成り立つものですから、この横木となる「梁」が弱すぎたり、歪んだりしていると、柱が倒れてしまいますね。そういう重要な役目を担っているものです。

ひまわり:土台、梁、柱、あらゆる部位を歪みなく強固にしていきたいです。そのためにも、まずは自分へ愛を向けます。
愛を受け取ること、受け取れないことについて色々な視点からご説明くださりありがとうございました。このたびの対話で自分自身が如何に自分を愛せていなかったかが良くわかりました。自分を愛せるようになるためにアファメーションをたくさん唱えようかと思ったのですが、光のお母様が「意識が変われば細胞は変化する」とおっしゃったのが心にとても響きました。今まで学んで来て知っていたはずのことが頭でばかり考えていたらするりと抜けてしまったようで、自分を愛することは難しいと思っていましたが、シンプルに無条件にただ自分を愛することに意識を向けて細胞が変化するよう促します。そして、他者の愛を受け容れられる器になっていきたいです。ROM先生、光のお母様からの飴玉以外にも、受け容れることの出来なかった愛が多々あったのではないかと思いました。愛はそこにあったのに、自分が受け容れることができなかった、受け容れることができずに自分は愛されていないと思っていた。これも負の連鎖だと思いますので、今、断ち切ろうと思っています。
このたびも対話をさせていただきありがとうございました。

光のお母さん:どういたしまして。気づきが得られ、内容が深まったのであれば幸いです。




花の贈り物
      贈り物 撮影 光のお母さん


◆光のお母さんからのメッセージ



ひまわりさんと光のお母さんとの対話も第8回目を迎えました。記事に掲載するのは、とりあえず今回で終了したいと思うのですが、対話はまだまだいろんなテーマで続けていきたいので、たくさんできましたら、今度は別のかたちで皆さんにご覧いただけるようにしたいと思っています。

ROMからのメッセージは3記事だけを残し、あとの14記事は削除させていただきました。ROMがもう必要ないと言った(皆さんに本体が入らなくなり、個体すら入っているケースがごく少なくなった)からですが、大切な話も網羅されていましたので、重要な箇所のみピックアップして、またまとめて記載したいと思っています。
これからも、過去記事で必要性を感じなくなった内容はどんどん削除していき、整理していきたいと考えておりますので、どうかご了承ください。




桜2
   大塚山公園の桜  撮影 光のお母さん


◆お知らせ

5月は電話相談のみ行います。

5月に電話相談(波動調査付き60分まで1回9,000円)を受けたい
5月に光のコース:1か月4回の電話相談(波動調査付き60分まで×4回30,000円)を受けたい

今後新規で希望される人がおられるかどうかを知りたいので、fc2メールにてお知らせください。
6月に光のコース:1か月4回の波動調査(詳細調査カルテ付き)を受けたい 
6月に光のコース:課題の個人レッスンを受けたい  
6月に光のコース:1か月4回の電話相談(波動調査付き60分まで×4回)を受けたい

20日~25日までfc2メールよりご応募ください。


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ひまわりさん&光のお母さんとの対話  ~第6弾 悪霊などへの対処法について~

2017年03月26日 22:42


ひまわりさんと光のお母さんとの対話 
~第6弾 悪霊などへの対処法について~


ひまわり:光のお母様とのはじめての対話は悪霊の対処法でしたが、また悪霊のお話をさせていただけますでしょうか。あの対話以降も何度も悪霊にやられて、自分ではどうにもできずに光のお母様に助けて頂いたことも何度もありました。ありがとうございます。
悪霊を引きつけないようにすることが肝要だとは思っていつつも、来てしまった場合、浄化されたくない悪霊たちに対しては追い払うだけではなくて何かできることはありますでしょうか?

光のお母さん:ひまわりさんとの対話の第1弾で、悪霊を引き寄せてしまった人との電話相談の際、そこにいる悪霊たちとの共通点をお伝えして、悪霊を引き寄せる悪癖を消去してもらうと、悪霊がいなくなるということをお話しましたね。
電話相談の場合は、ご本人だけではなくて、悪霊たちもわたしの話を聞いているので、悪癖ひとつひとつに対して詳しく話をしているうちに自ら納得し、気づきを得て反省をした悪霊は去っていくのです。

「ほら、最初いた数の半分になっていますよ。あと10体になりましたよ、もういなくなりましたよ」と、随時お伝えしているのですが、ご本人よりも悪霊のほうが早く気づいて去っていく場合がけっこう多いように思います。わたしはご本人の話を聞いたり、その都度アドバイスをしたりしているだけなのですが、それが同時に悪霊を説得していることにもなっているんですね。
浄化してほしくないと言い張っていた悪霊が、浄化してほしいというふうに変わってきた場合は、彼らを改心させることができたので、説得が成功したと言ってもよいでしょう。

電話相談できないとき、自分独りのときでも、声に出して、いろいろと悪霊と話してみることが大切です。
彼らを説得するには、説得できるだけの力が必要です。まだまだ悪霊と共通点があって、引き寄せている状態では、説得には程遠いかもしれませんね。
霊というのは、肉体人間よりも人を見る目があるのです。彼らは人間のオーラを見て、判断することができます。口ばっかり達者でも、内容が伴わなければ、まちがいなく馬鹿にしますよ。この人間は愚かだからコントロールできるなと思えば、その肉体に入ったり、いつまでもその人の周囲に居続けたりします。

いくら追い払っても、説得しても全然言うことをきかない悪霊がいるときは、「ああ、自分もそんな意固地なきかん坊なんだな」と思うことです。共通点がそこにあるからです。

ひまわり:悪霊を自分独りだけで説得するというのはまだまだハードルが高いです。しかし、ただ追い払うだけではなく、悪霊を説得できるようになれたら素晴らしいですね。自分を救いながら、ネガティブな存在に気づきのきっかけが提供できるようになりたいです。



ルシファー


悪魔と悪霊の違い



ひまわり:光のお母様とお電話でお話しさせて頂いた際、悪魔と悪霊は違うと伺いましたが、日本では混同されているように思うので、詳しくお聞かせいただけませんでしょうか?

光のお母さん:悪魔と悪霊はまったく別の領域に存在する者です。しかしながら、日本だけではなく、キリスト教圏でも思い違いはかなりされていると思いますよ。聖職者であっても、真実を知らないのです。
ひまわりさんは「悪魔」と聞いて、どんな存在を思い浮かべますか?

ひまわり:おどろおどろしい、禍々しいイメージが浮かんできます。

光のお母さん:悪魔にはちゃんとした役割があるのです。たとえば、ブッダやイエスのような人が苦行から解放され、悟りを得た後に現れることがありますね。
人を試しに来る者」「悟ったかどうかを試験しにくる者」それが悪魔です。
本当にその人が悟りに至っていれば、どんなに誘惑しても揺らがず、過ちを犯すことはないので、悪魔は合格とみなしてその人から立ち去るのです。
ということは、悪魔は聖者と同様に悟りというものを理解していなければならないということです。そうでないと、合格かどうかなどわかるはずがありませんから。   

悪魔は真に悟ったかどうかを試すのが大好きなのです。だからわざと魅力的な姿で現れて誘惑したり、考えを揺らがすようなことを言ったりして足を引っ張るのです。
自分の誘惑に、相手が打ち克てるかどうかを試すことにワクワクしているのです。ですから、悪魔は賢明な人と話をするのが大好きだし、愚か者を相手にはしません。どんな感じか、わかりますか?


ひまわり:悪魔は役割としてダークサイドにいるだけで、意識レベルは聖者と同じくらいということでしょうか?

光のお母さん:悟りにも個々に段階があるし、その度合いによって来る者は違うかもしれませんから、その質問では何とも言いようがありませんね。
悪魔は自分が賢くなければその役割を全うすることはできませんが、悪霊は自分と同じ波動、波長をもった人にしか関わることができません。但し浄化してほしい場合は、光の人にお願いをしにくることはありますが。

はっきり言っておきます。賢明な悪霊などは存在しません。皆、思い違い・カン違いが甚だしく、悟りの内容をまったく理解していないし、自分の欲(利益)しか関心がありません。 歪んだ不健康な自己愛を持っていて、「自分だけは特別」「自分が中心」「自分だけは大切に扱われたい。そうあるべきだ」といった思いが非常に強いです。そのくせ、他人の気持ちや欲求はどうでもよく、全然認識しようともしません。愚かなくせに、全く根拠のない自信をもっていて、他者からの賞賛を非常に強く求めますね。
本人は「俺って、カッコいい!」「私って、ステキ!」と思っているので、「馬鹿」と言われたら、「許せない!」とたちまち怒り出すのが悪霊の特徴です。
限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想(妄想)にとらわれていたりしますね。
これは実は「自己愛性人格障害」の特徴と同様なのです。「自己愛性人格障害」の人が悪霊を数多く呼び寄せているわけがここにあるのです。

要するに「悪魔」は役割上存在するものであり、神に近い存在ですが、「悪霊」は人間が甚だしい思い違いをし、歪み切った末になる、神とは程遠い存在だということです。真の「悪魔」というのは、決しておどろおどろしい恐ろし気な悪い存在なのではないし、架空の存在でもありません。実際に太古の昔からそのグループは存在していました。生粋の悪魔がいなくなったようで、現在は機能不全となっているようです。どの領域でもおかしくなっているようで、本当に終末が来ていますね。
ひまわりさん、これでお答えになったでしょうか?


ひまわり:ご説明いただきありがとうございました。クリアになりました。
しかし「生粋の悪魔がいなくなった」ということにショックを受けています。試してくれる存在がいないということは、試されるだけの存在もいないということなのでしょうか?

光のお母さん:さあ、どうでしょうね。今の悪魔にはそれを判断できるような能力はありません。試されるだけの存在がいるかどうかを、一体誰が判断するのでしょうか?
ここで悪魔サタンと堕天使ルシファーが同一人物なのかを伝えておきたいと思います。





堕ちていくルシファー


◆サタンとルシファーは同一人格か?



光のお母さん:ウィキペディアには、「ルシファー (Lucifer) は、明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である」と書かれています。また、「神学で定式化された観念においては、悪魔はサタンともルシファーとも呼ばれる単一の人格であった」「悪魔にルシファーの名を適用したのは教父たちであった」とも書かれています。
どうもキリスト教の伝統においては、「堕天使の長ルシファー」と「サタンという名の悪魔」とを同一視しているようですね。
ひまわりさんはそのことについて、どう思われますか? 教会側は何のためにルシファーとサタンをイコールにしたのか、あるいは、したかったのでしょうね。


ひまわり:なぜ同一視したかというと、善悪を統合させるのではなく、分離させたかったのではないでしょうか。教会は、善ではないすべてのものをひっくるめて一つの悪としたかったのではないかと思うのですが…私の理解がまだまだ浅いと感じております。
堕天使のルシファーと悪魔のサタンは別の存在ではないかと思っています。先ほどのご説明で悪魔は神に近い存在と伺いました。堕天使はその傲慢さゆえ天から堕ちたのではないかと思うので、質としては悪霊に近いのではないかと思いますが如何でしょうか?

光のお母さん:そうですね。ルシファーは悪霊の最たるものです。
ところで、ひまわりさんは「堕天使はその傲慢さゆえ天から堕ちたのではないかと思うので」と言われましたが、では悪魔は傲慢ではないということでしょうか?


ひまわり:私のかつての思い込みでは悪魔は傲慢だろうと思いましたが、今は違うのではないかと思っております。

光のお母さん:どうして違うと思うのか、その根拠を子どもでもわかるように説明してくださいませんか?

ひまわり:傲慢さがあると悟りには至れないと思っております。悪魔は悟りに達しているので、傲慢ではないと思っております。私の理解が違っておりましたらご指摘いただけるとありがたいです。

光のお母さん:悪魔の質はもともと創造主が持っている一面であるとも言えます。だから、最初から法則は知っているんです。悪魔はわざわざ修行して悟った存在ではありません。ただ宇宙の仕組みを熟知しているだけのことです。
傲慢さと悟りは関係がありません。ですから、悪魔はいくらでも傲慢になれるし、必要だと思えば、怒りを爆発させた人のところに行くし、災いを起こしたりします。悪魔は破壊者なのです。破壊がなければ創造もありませんね。陰陽で言うならば、陰の役割を担っています。
もし悪魔が、皆さんが想像しているような神様とさほど変わらない存在であるのなら、そんな同質なものは要りませんね。誰かが悟ったかどうかを見極めるなら、光側の存在が行って確認すれば十分ですからね。

悪魔は、悪がついている以上、善とはまったく正反対の質でなければ、意味がないのですよ。だから、悪魔は傲慢にだってなれるのです。ものすごく下品にもなります。相手を見て臨機応変に姿だって変えるわけです。しかしながら、真に悟った人の前では謙虚です。彼らは身の程をちゃんとわきまえているのです。身の程知らずの悪霊とは、そこが異なります。

ひまわり:ご説明くださりありがとうございます。今、ようやく悪魔のことが理解できたように思いました。陰陽のバランスを取るために必要な存在ですね。

光のお母さん:そうですね。
ルシファーは元は光側の天使だったのですから、その正反対の役割を担うサタンとは本質的に異質だということがわかりますね。

悪魔側は悪霊と一緒にされて、非常に腹立たしく思っていますよ。悪魔は悪霊が嫌いなんです。サタン系のグループが「悪魔は悪霊とは全く違う」と主張し続けている気持ちがよくわかります。このことからも、ルシファーとサタンを同一視するキリスト教会や教父たちは、何もわかっていないという浅はかさが証明されているように思います。





天使


◆テレパシーと生霊の念を受けない方法



ひまわり:悪霊等のネガティブな存在が多数来ると、見えない身体が壊れて大変な思いをするのですが、テレパシーや生霊の念もかなりきつくて、保護をしていても解かれてしまいプラーナを吸い取られてフラフラになることが何度もありましたし、見えない身体が壊れてしまうこともありました。また、念と一緒にやってきたネガティブな存在にやられたことも多々ありました。テレパシーや生霊の念への対処法を教えて頂けませんでしょうか?

光のお母さん:確かにテレパシーや生霊の念にやられて苦痛と不快感を覚えている人は多いかと思います。生霊の場合、わざと念を送っている場合と、本人はただその相手のことを思い出しているだけで無意識で念を飛ばしている場合とがあります。
まったく今は交流を絶っている人であっても、未だにその人の生霊が来て、なんと執拗なのかと迷惑に思うことがけっこうあるものです。死霊よりも生霊が一番厄介ですね。通常はこめかみのあたりでパンパンと手を叩いて、何度か力強く切れば、すぐに切れるのですが、一般の人はなかなか切ることができません。また、霊的な繋がりをいくら切っても、すぐにまた繋いで来たりするので、ほんとうに困ります。そういう場合は、最後の手段として、見えない身体に存在する受信スイッチをOFFにしてしまうことを提案しています。


ひまわり:受信スイッチというのは見えない身体のどこにあるのでしょうか? 

光のお母さん:人それぞれ受信の場所は異なります。第1チャクラ辺りにある人も、第2チャクラ、第3チャクラ辺りにある人もいます。とにかく、受信装置のスイッチを切ってしまうことです。そうすると、低次元の存在も高次元の存在のメッセージも、一切受信できなくなります。ネガティブな存在からのテレパシーは受けたくないけれど、ポジティブな存在からは受けたいと思っていると、なかなかスイッチが切れませんので、ご注意ください。単純にどちらかしか選べないようですから。
受信するかしないかは誕生前に設定しているので、変更したいなら、再度設定し直すことが必要です。

ひまわり:受信スイッチがあるならば、送信装置やスイッチもあるのでしょうか?

光のお母さん:はい。送信スイッチも人によって異なるようですが、第4チャクラ辺りにある人が多いようです。やたら念を飛ばしている人は、そこの装置が壊れているか、機能不全となっている場合が多いです。
ネガティブ霊が来ると、すぐにそこの箇所に穴があいてしまう人は、脆弱となっていてコントロールが効かなくなっているのです。これは、強化して、光の放射を常にして直すしか術はありませんが、自分ではなかなか難しいかもしれません。
光のコースを受講している人で、生霊やテレパシーでお困りの人は、ぜひ受信スイッチの場所を光のお母さんに確認してもらって、スイッチを切る試みをしてみてください。


ひまわり:光のお母様、興味深いお話をたくさんお聞かせくださりありがとうございました。このたびも対話をさせていただきありがとうございました。

光のお母さん:何かお役に立ったのであれば、嬉しく思います。


紫の泡・ライン



何らかの気づきを得られた人は、ぜひクリックしてください。

ひまわりさんと光のお母さんとの対話 第5弾 ~映画『アバター』から考えたこと、気づいたこと~

2017年03月19日 19:30


ひまわりさんと光のお母さんとの対話 第5弾
映画『アバター』から考えたこと、気づいたこと
~利己と利他~


今回は映画のお話です。
ひまわりさんに二つの映画をご紹介しましたら、感想を書いてくださったので、せっかくの機会だから対話しましょうということになりました。
さまざまな内容が出されましたが、今回は上記のタイトルでまとめました。



◆『ポカホンタス』と『アバター』について


ひまわり:光のお母様と先日お電話でお話しさせて頂いた際、『ポカホンタス』と『アバター』を観ることをお勧めいただいたのでどちらも鑑賞しました。
どちらの映画も侵略者が私利私欲のために『未開人』の土地や資源を奪うということがベースとなっていると思いますが、『ポカホンタス』は音楽も映像も美しく、『アバター』は通常のテレビ画面で観てもCGの大自然が美しく、3Dはさぞやと思いました。
ポカホンタス』も『アバター』も女性がとても生き生きとしていて、躍動感に溢れていました。大変アクティブな女性たちで、一見女性的ではないように思えるのに、他者を受け容れる度量の大きさは女性性の強さを感じさせました。女性としてこうありたいという女性像だと思いました。どちらの映画にも共通するのは『未開人』の女性と『侵略者』の男性が恋に落ちて愛を知り、お互いの種族が話し合い理解しあう必要性を説くもので、やはり愛のパワーはすごいのだと思いました。

光のお母さん:ひまわりさんは『※ポカホンタス』や『※アバター』に登場した『先住民』たちに対し、『未開人』という言葉を使われていますが、それは適切ではないように感じました。本来『初原的な人』という意味なのだと思いますが、『未開社会』の意味を調べると、「現在も文明の外にある社会。文字をもたず、技術水準が低く、社会構造も単純で、伝統的規制が強いなどの特徴をもつ」と書かれています。『未開人』は『未開社会に生きている人』ということで、『野蛮な人』『文化の劣っている人』と思い込んでいる人たちがけっこういると思われます。
文明人と呼ばれる人たちに比べ、太古の昔から存在したネイティブアメリカンのような民族は、霊的に優れた人たちも多く、自然を崇拝し、自然を愛し、自然と共に生きてきました。文字を持っていなくても、智恵は持っていますね。ですから、以前からそこに住んでいた民族という意味で『先住民』と呼んだほうがベターであるかと思いますが、いかがでしょうか?

ひまわり:『未開人』について、おっしゃる通りだと思います。私もひっかかるものを感じながらもどちらの映画でも『未開人』という言葉が使われていたためそのとおりにしましたが、これからは『先住民』に変えます。不適切な表現で申し訳ありませんでした。


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ポカホンタス(Pocahontas、1595年頃 - 1617年)
ネイティブアメリカン・ポウハタン族 (Powhatan) の女性。
英名「レベッカ・ロルフ」。
本名はマトアカ (Matoaka) またはマトワ(Matowa)で、「ポカホンタス」とは、実際は彼女の戯れ好きな性格から来た「お転婆」、「甘えん坊」を意味する幼少時のあだ名だった。
ディズニー映画としてとりあげられている。


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※アバターの意味
ナヴィと人間の人造ハイブリッド種。被験者たる人間のDNAとナヴィのDNAを掛け合わせて造られた人造生命体であり、自我は持たない。パンドラ生物特有の生態交感能力を応用して、外部機械的神経介入によって動かす事の出来る一種のマリオネット。操作するに当たっては被験者との同調率が高くないと出来ない為、DNAの一致しない他人では操作出来ない。ジェイクは双子だった為に選ばれた特殊ケース。リンクが絶たれてしまった場合アバターは昏睡状態に陥り、その間まったくの無防備となってしまう。また、リンクした状態でアバターが死亡しても操縦者が死ぬことはないが、激しい痛みは受けてしまう。ナヴィ達(オマティカヤ族)には“ドリームウォーカー”と呼ばれている。ちなみにナヴィの指は四本であるが、アバターは人間のDNAが入っているためか、五本である。

アバター(映画)ウィキペディアより抜粋


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◆動物と一体となること・個体との関係



ひまわり:どちらの映画も先住民は動植物、大自然や高次の存在との調和があって観ていてとても温かい気持ちになりました。『アバター』では、ネイティリやジェイクが馬のような動物や羽の生えた竜のような動物と接するうちに絆が強くなり、一体となっている様をみて、自分ももっと自分自身の個体と調和し、しっかりとつながっていたいと強く感じました。肉体意識がネガティブな存在を引き寄せてしまうと個体は離れてしまいますが、いつもずっと一緒にいられるように、肉体意識をもっと鍛えて、個体とのギャップを埋めていきたいと思っております。ブログで読ませて頂いた通り、ギャップを埋める努力は肉体意識がする必要があると思っているのですが、個体に対してももし何かアドバイスがありましたらお聞かせいただけませんでしょうか。

光のお母さん:どのようなことを知りたいのですか?

ひまわり:個体が肉体意識を教育し、肉体意識の意識レベルを引き上げることができればよりよい関係を作れるのではないかと思うので、アドバイスがありましたら是非教えて頂きたいです。

光のお母さん:個体に対して、わたしからのアドバイスはありませんよ。
まず個体は肉体意識の教育などはしません。個体は肉体を使用して自己表現をするだけです。優秀な肉体意識なら、自分で意識レベルをあげることはできますが、個体はそんな手助けはしません。肉体は単なる乗り物なので、自分とどうしても合わなければ、去るだけです。

これまでに肉体と個体の関係を記事で繰り返しお伝えしてきておりますが、個体が一生懸命肉体を教育したケースなどは見たことがありません。皆、個体が肉体にはこれ以上入っていられないと感じて去っています。肉体が自分の思うとおりに動いてくれないのだから、ポンコツ車と同様です。もっと自分に見合った肉体を探すしか術はないし、ふさわしい肉体がなければ永遠に待機状態です。個体が肉体を見限って、自ら「究極の本体喪失」の領域に行ってしまうのも、わからないではありませんね。

余談ですが、わたしはネイティリとジェイクが翼龍/マウンテン・バンシー/イクランに乗って空を飛び回る場面が一番好きです。あの情景は、アニメの『ヒックとドラゴン』にそっくりですね。どちらも翼龍に乗って、自由自在に空を飛んでいますが、きっと最高の気分であろうと思いますね。いつ見てもあの場面を見るとワクワクしてきます。

ひまわり: 個体と肉体意識との関係についてご説明くださりありがとうございました。肉体意識の私が個体とはまだ調和のとれた関係が作れていないと思っているため、映画の中の人間と動物の関係を観て、自分の個体と肉体意識の関係がそうなると良いと思っていましたが、個体との関係はそのようなものではないのですね。
意識レベルの高い個体がもっと肉体意識を鍛えて育ててくれれば良いのにと思うのは、肉体意識の怠慢でした。個体にマッチした高性能な車となれるように努力します。

光のお母さん:あまり頑張りすぎたり、背伸びをしたりしないほうがよいです。あくまでも個体が肉体を選ぶのですから、ただ正常波動を保ち続けること、それに尽きます。それがいかに難しいことか、個体を失った人たちにはおわかりになることと思います。
肉体は個体(魂)の手足となって働く道具であり、あくまでも3次元の物質なのです。愚かなくせに高慢ちきで個体を軽んじるような肉体には絶対に入りません。そのことを胆に銘じておいてください。

ひまわり:はい、肝に銘じます。そして個体の手足となれるような肉体意識でいられるよう努力します。

光のお母さん:肉体意識に対して、最後に重要なことを、ここでお伝えしておきたいと思います。
肉体の愚かさや汚れた思念が原因で個体を失ってしまう人が非常に多いのですが、個体を失わないために必要なことは、肉体は自我を殺して個体に従うということです。
個体なき肉体は船頭のいない船と同じなので、何を目的に生きていってよいのかわからなくなるし、高尚な生き方もできないし、実際に個体が入っていたときとは比較できないほど無意味感や無価値感が強くなるはずです。
ですから、肉体は身の程を知って、低我を空しくして個体に従う/同化することが必要です。個体の本来の目的を果たすことができるように働くこと。これが、肉体が肉体として存在する所以なのです。

ひまわり:肉体意識の私は大変怠惰で、個体の希望を尊重せずにいたことが原因で愛想をつかされそうになったことが何度もありました。もうそのようなことが起きないよう、個体を主として、個体に対して献身的でありたいです。エゴの強い肉体意識には正常波動を保つこと、自我を殺すことは大変難しいことだと感じますが、個体と仲良くしていきたいので努力を続けて参ります。

光のお母さん:『霊主体従』を忘れないでください。また、タイミングを逃すと、もうそのことは消去されてしまい、いつかしようと思っていても出来なくなってしまうので、個体が望んだときに、個体の望むことを、何でもすぐに行なうことを心がけてください。



◆利己的な侵略者



ひまわり:どちらの映画にも共通することですが、私利私欲のため、勝手にやってきては土地や資源を手に入れるために大自然や先住民の命を破壊する人間に対して、大変な怒りが湧いてきました。領土を広げるため、資源を得るための争いが絶えないのは侵略者の利己主義、エゴが原因だろうと思いますし、際限のない欲望を感じるのですが、エゴは性質として満足を知らないものなのでしょうか?

光のお母さん:エゴとはそういうものです。そして、エゴに満ちた者だけが自己中心的になれるのですよ。この意味が分かりますか? 

ひまわり:はい、分かります。
自分たちの土地や資源だけで満足せず、領土や資源を目的として他国へ侵略をするその心理の根本にある問題は何でしょうか?なぜこんなにもエゴに満ちて利己的になってしまうのでしょうか?

光のお母さん:自分自身が満たされていないからですね。特に愛が欠如しているからです。愛の欠如の原因は、もうわかりますよね。誕生して愛が必要なときに、母親からの愛を受けられなかったことです。特に王や殿様など身分が高い者ほど、自分の領土を増やしたいという野望が生まれます。彼らは赤子のときから母親と引き離され、乳母に育てられたりするので十分な愛情をもらえなかった可能性が高いですね。これは、特に男の子に多くみられます。
愛情が定着しなかった子どもがどんな人間に育っていくかは、これまでの「愛着問題」の記事を読んでおられるなら、すでにご承知であろうと思います。
欠如した愛の代わりに、たとえば、広大な土地や富や名誉や地位を手に入れることで満たされようとするわけです。でも、それは自己欺瞞であって、そんなことでは真の満足は得られませんね。

エゴと愛は同時には存在できません。光がやってくると闇が消えるように、愛の気持ちが生まれればエゴは消え失せます。
はじめは侵略者側だったジェイクが先住民のネイティリを愛するようになったら、エゴは消えましたね。また、インディアンの土地を植民地として侵略しようとしていたイギリス人のジョン・スミスも、首長の娘ポカホンタスを愛した結果、インディアン側につきましたね。
再度言いましょう。光があるとき、そこに闇がないように、愛があるとき、自己/低我/エゴはありません。
ひまわりさん、これでお答えになりましたか?


ひまわり:ご説明いただきありがとうございます。愛着問題が根本にあるのですね。母の愛の重要性をつくづく感じます…しかし、実の母の愛でなくとも、ジェイクやジョン・スミスのように他者との愛を知れば変わることができるというのは希望があると感じました。



◆まとめ



光のお母さん:「あっち(ナヴィ族がいる世界)が本当の世界で、こっち(アバター遠隔操作用カプセルの中に横たわって目を閉じている現実)が夢に思える」とジェイクは言っていましたね。
わたしはジェイクの意識がアバター/化身/分身に入って、パンドラのナヴィ族がいる別世界を体験するという設定がとても興味深かったのですが、ひまわりさんはこの『アバター』を鑑賞されて、どのあたりに感動されましたか?
また、監督のジェームズ・キャメロンは何を一番伝えたかったのだと思いますか?

ひまわり:そもそもは脊椎を損傷し、下半身不随となった身体を治療するための費用を得るために侵略者の一人としてパンドラにやってきたジェイクでしたが、ネイティリをはじめとするナヴィの人々等とのつながりを通して、真の自己に目覚めていくことが物語の中心であったと思いました。パンドラにやってきたきっかけはお金を得るためという利己的なものであったと思いますが、アバターを通してパンドラで生活する中で、ジェイクが徐々に成長し、エゴがおちて利他的になっていくその変化と成長の過程が素晴らしかったと思います。また、映画の最後、スカイ・ピープル(地球人)とナヴィたちとの闘いのところで、ナヴィの動物たちが自発的にスカイ・ピープルに反撃しているところで『エイワが応えてくれた』とネイティリがジェイクに向かって言う場面に深く感動しました。ジェイクがエイワに助けを求める場面で、ネイティリは『母なるエイワは誰の見方もしない。自然の調和を守るだけなの』と言っていましたが、エイワがジェイクに応えたということは、ジェイクがパンドラの調和を守るために闘ったからだろうと思います。闘いではありましたが、ナヴィの人々と動物たちが調和していて、奇跡のようで涙があふれました。

監督はこの映画を通して、私たち人類の欲深さ、利己主義が大自然を破壊しているということ、それを何度も繰り返している愚かさを伝えたかったのだと思いました。そして本来の自己の発現の必要性を説いているのではないかと思います。そうすることで、利己主義から利他主義への移行を促しているということではないかと思いました。私たちにはもうそれしか道は残されていないのではないかと感じています。エゴの強い自己中心的な私は、自分からそれを始める必要をひしひしと感じております。

光のお母さん:ひまわりさんが思う「本来の自己の発現」とは何を指しているのですか?

ひまわり:ハイアーセルフ状態になることではないかと思っております。『私はあなたが見える』という台詞が何度かでてきましたが、それは相手がハイアーセルフ状態となっているということなのだろうかと思いました。

光のお母さん:そのように言えなくはないですね。しかしながら、そんな状態で常にいられる人は稀です。そこまで監督が要求していたかどうかはわかりませんが。

ひまわり:特に『アバター』は様々な観点から学べる映画だと思いましたので、またいずれ別の観点から対話の続きをさせて頂きたいと思っております。
光のお母様、素晴らしい映画をおすすめくださりありがとうございました。そしてこのたびも対話をさせていただきありがとうございました。



アバター 写真

◆光のお母さんからのメッセージ



映画『アバター』のなかで、主人公であり元海兵隊員だったジェイク・サリーがオマティカヤ族の族長の娘ネイティリに出会ったとき、「愚かで子ども、何も知らない」と非難される場面があります。人間は手に入れたいものを「欲しい、欲しい」とがむしゃらに欲しがり、わめいている子ども同様だと、ネイティリは感じているわけで、そこのところにすこぶる共感を覚えました。

発達した科学を持ち、圧倒的な軍事力を備えた地球人たちは、ナヴィを非常に軽んじていましたが、自然界の複雑な生命の仕組みなどの理解にはまるで及びません。ただ、自分たちの欲しいものに対して突き進むだけで、森の木や先住民たちの命の尊さ、犠牲を考えることもありませんでした。人間/地球人というのは欲望に翻弄され、自然を征服し、何でも人間の思い通りにできるのだと思い込んでいる生き物だということがわかりますね。

ネイティリが「エネルギーは借りているだけ、いつかは返すもの」と言っていたように、ナヴィは自然の真理をよく理解していて、生物間のエネルギーネットワークを感知し、そのネットワークの一員として生きていたのです。
しかしながら、地球で足りなくなったエネルギーを補うために惑星パンドラに来た人間/地球人は、不足すれば他から奪ってくる。そして、手に入れた資源/エネルギーは自分たちのもので、全て消費してもよいという非常に自分勝手で自己中心的な考えが根底にありました。

ディズニーのアニメ映画『ポカホンタス』にも、イギリス人たちの自己中心的な考えが多々描かれており、動物に銃を向けたジョン・スミスに対して、ポカホンタスが「心の声を聞き、風の色を知りなさい」と歌う場面があります。
この映画を巡っては、インディアン側から批判があり、激しい抗議もあったと伝えられていますが、「第1話」を見る限りでは、自然や動物を大切にしながら、同じ生命をもった仲間として生きていくことの重要性を示唆している作品だと思うし、さほどの問題は感じませんでした。

この『ポカホンタス』と同様に「美しくて平和な地球をつくろうという気持ちになってほしい」というのが『アバター』に込められたキャメロン監督の思いでもあったと思います。
『映画com』というH.P につぎのような記事が載っていましたので、監督の直の言葉をご紹介しておきます。


ネイティリ


――地球人がパンドラを侵略する様子は、まるで現実の戦争のようですね。

「人類の歴史は侵略の歴史でもある。植民地時代には欧州の列強がアメリカ大陸やアフリカ大陸を侵略し、自分たちが欲しいものを現地人から勝手に奪い取っていった。では、その侵略される側はどういう気持ちになるのかということを、この映画は描いている。被害を受ける側からね。多勢に無勢で襲われた時、どんな気持ちがするか。映画の中で無数の軍用ヘリコプターが襲ってくる場面がある。私もたまにヘリを見ると、もしあれが襲ってきらどうしようと恐ろしく思うことがある。そういうことを見る人に自問させたいんだ。いまの地球を見て、政治家たちがしていることを見て、目を開きなさいと言いたい。軍隊というのは建前としては正義のためにあって、私も別に軍隊を否定はしていない。守るための力は必要だ。でも、それが間違った使われ方をしてはいけないということを伝えたかったんだ」

http://eiga.com/movie/53184/interview/3/


まだ観ておられない方も、すでに観られた方も、再度キャメロン監督の意思を頭の片隅において、鑑賞してくださればと思います。

最後にポカホンタスが歌っていた『カラー・オブ・ザ・ウィンド』をご紹介します。YouTubeで聴いてみてください。



カラー・オブ・ザ・ウィンド (ポカホンタス)
https://www.youtube.com/watch?v=fX-XQnzhmjg



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カラー・オブ・ザ・ウィンド/ポカホンタス
作詞 Sephen Schwartz
作曲 Alan Menken

何にも知らないっていうけど
何にも見たことないっていうけれど
何もかもが分かるというの
知らないことばかりよ、そうでしょう

あなたが踏むこの大地を
よく見てごらんなさい
岩も木もみんな生きて
心も名前もあるわ

あなたが知らない世界
知ろうとしてないだけ
見知らぬ心の扉
開けて覗いてほしいの

蒼い月に吠える狼と
笑うヤマネコの歌
あなたにも歌えるかしら
風の絵の具は何色
風の絵の具は何色

森の小道かけぬけて
甘いイチゴはいかが
自然が与えてくれる
愛に身を任せるの

みんな友達いつでも
鳥もカワウソたちも
命は関わりを持つ
丸くて永遠のもの

ああ、あの木の高さ
もし切ればわからない
月としゃべる狼の声
あなたには聞こえない
山の声と歌を歌って
風の絵の具で絵を描く
そして初めて答えがわかる
風の色は何色か


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あなたも心の声を聞き、風がどんな色をしているか、
感じてみてください。

2017年3月19日
光のお母さん



小鳥さんたち

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「ひまわり」さん&光のお母さんとの対話 ~第4弾 トランス脂肪酸のお話~

2017年03月12日 18:00


「ひまわり」さん&光のお母さんとの対話
~第4弾 トランス脂肪酸のお話~


ひまわり: 先日は甘い物と砂糖のお話をさせていただきありがとうございました。その後も『裏を読む』習慣は続いております。
材料を吟味し、可能な限り自分で作ることが大切かと思い、以前少しだけやっていたパン作りやお菓子作りを勉強してみようかと思っていますが、教室探しでまた一苦労しそうです。というのも、以前少し通っていた天然酵母をおこしてパンを作る教室では、白砂糖やショートニングを使用していたからです。せっかく天然酵母を使っているのにトランス脂肪酸の多いショートニングを使うことで、天然酵母の良さが消え、むしろ有害なものを作っていることになりはしないかと思ってそちらの教室に通うことをやめてしまいました。

光のお母さん:指導者に「なぜ使っているのか?」と質問したり、危険性があることを説明して使用をやめてもらうことはできなかったのでしょうか?

ひまわり:そのときは違和感を感じつつ、つい遠慮してしまい何も言わずに足が遠のいてしまいました。今になって思うともったいないことをしたと思います。
ショートニングについて、お互いにより深く理解する良いきっかけになっていたかもしれませんでした。


ショートニング


ショートニング (shortening) とは、
主として植物油を原料とした、常温で半固形状(クリーム状)の、食用油脂。マーガリンから水分と添加物を除いて純度の高い油脂にしたもの。パンや焼き菓子の製造などにバターやラードの代用として利用される。無味無臭で、製菓に使用すると、さっくりと焼き上がる。揚げ油に使用すると、衣がパリッと仕上がる。この様に「さっくり」や「パリッ」という食感を表す意味での英語形容詞“short”が語源。
水素添加の処理時に脂肪酸が一部トランス化し、トランス脂肪酸が生成される。このトランス脂肪酸が心臓疾患・アレルギーを中心とする様々な健康被害を引き起こす可能性が指摘されている。詳しくはトランス脂肪酸を参照のこと。
(参考 ウィキペディアより)


光のお母さん:そうですね。指導者にその危険性を知っていただいて、今後使用しない方向にもっていくことはできたかもしれませんね。先生が納得されれば、生徒さんたちにも反映されていくので、白砂糖やショートニングを使わないパン作りが可能となったかもしれませんね。
ところで、ひまわりさんは「トランス脂肪酸」のことをどこで知られたのでしょうか?

ひまわり:うーん、ショートニングやマーガリンには「トランス脂肪酸」が多く含まれているということはいつの間にか知っていた感じなのです。いつどこでどうやって知ったのかはまったく思い出せません。

光のお母さん:どうやらあなたの個体の過去生で、マーガリンと関わっていたことがありますね。「トランス脂肪酸」のことを知っているのは、そのときの記憶があるからです。そのとき、あなたはフランス人の女性でした。

ひまわり:そうなんですか! なんとまあ…そういえばフランスが好きで何度か訪れたことがあったのもその過去生での縁かも知れませんね。マーガリンの歴史についてインターネットで調べたんですが、ナポレオン3世の治世のころに科学者が発明した物だったようです。「トランス脂肪酸」に引っかかりを感じたのは、私の過去生の影響かもしれませんね。面白いですね。

参考資料:Wikipedia マーガリン


朝食


光のお母さん:実はわたしも天然酵母でパンを作っていたときがあったのですよ。まだ子どもたちが小さい頃でした。すべて自分で勉強して、酵母菌を購入して、毎日餌をあげて育てながらパンを作っていました。ですから、あなたもわざわざ料理教室に行かなくても、できますよ。なんでも自分の知恵を出して始めることです。人を頼らないことですよ。

ひまわり:光のお母様もパンを作っていらしたのですか。それも独学で!
自分の知らないことを学ぶためには、誰かに教えてもらわないとならないと思うのは、私の思いの制限ですね。

光のお母さん:その通りです。発明家は皆自分で思考錯誤して創り上げてきたのです。ひまわりさんも、誰かに教わらないとできないという制限を外してください。

ひまわり:はい。そうしたいと思います。
さて、パン教室に通うことを辞めるきっかけとなったトランス脂肪酸ですが、アメリカでは2018年をめどにトランス脂肪酸の原因となる油の使用は禁止されるようですが日本ではまだ規制がないようです。光のお母様はトランス脂肪酸の害や日本で規制がないことをどう思われますか?

光のお母さん:もちろん、おかしいと思っていますよ。
トランス脂肪酸が有害なのは、「自然界では存在しない油」だからなのです。「悪玉コレステロールを増加させ、心臓病のリスクを高める」、「ぜんそく、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎を引き起こす可能性がある」、「アルツハイマー病やパーキンソン病の原因となる」という研究結果もあるようですし、「狂った脂肪」とまで呼ばれているようですから、規制はしてほしいですね。

日本が規制をしないのは、欧米に比べると摂取量が少ないからだそうですが、日本人の中でも個々に食べる量は異なるし、さまざまな食べ物に入れられているので、本当に摂取量が少ないかどうかなどわかりませんよね。もっと実験をして危険性を調べ、身体に悪いものはどんどん廃止してほしいですし、政府は、食品業界の圧力に負けないでいただきたいです。

農林水産省のHPに「食生活におけるアドバイス」があったのですが、つぎのように書かれていました。


『植物油(やし油(ココヤシ油)及びパーム核油は除きます。)やソフトタイプのマーガリンをもっと選びましょう。なぜなら、これらの飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロールの合計量は、固形タイプのショートニング、ハードタイプのマーガリン及びバターを含む動物性油脂よりも少ないからです。』

光のお母さん:この「ソフトタイプのマーガリンをもっと選びましょう」についてですが、ソフトマーガリンなら大丈夫なのでしょうかね?
またつぎのようにも記載されていました。

『飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロールの摂取を低く保つために、消費者ができる行動は次の2つです。
1.商品を比較するときには栄養表示を見ること。栄養学的に十分であることを前提に、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸の総量が少なく、コレステロールが少ない食品を選びましょう。
2.可能であれば、オリーブ油、菜種油、大豆油、ひまわり油及びとうもろこし油のような一価及び多価の不飽和脂肪酸含有割合が高い別の油脂に替えましょう。 』

引用:農林水産省
↓詳細を知りたい人はクリックしてください
農林水産省

光のお母さん:食生活におけるアドバイスの冒頭に『食品の比較をするために、栄養表示を確認しましょう。そして、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロールが少ないものを選びましょう』と記載されていますが、いくら栄養表示を見ても、一般の消費者には、その原料がどのくらい身体に悪いかどうかまでは簡単にはわかりませんよね。
たとえば、「大豆油、ひまわり油及びとうもろこし油」と書かれていて、それらがさも良いような印象を受けますが、大豆、ひまわり、とうもろこしは、ほぼ遺伝子組み換えがされている代表作物です。別の見地からしてどうかな?と思いますね。

ここで、※トランス脂肪酸について、ご存じでない方も多いのではないかと思いますので、簡単に説明しておきましょう。


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※トランス脂肪酸(ウィキペディアより抜粋)

トランス脂肪酸(trans fat、trans-unsaturated fatty acids、TFA)は、構造中にトランス型の二重結合を持つ不飽和脂肪酸。トランス型不飽和脂肪酸、トランス酸とも。トランス脂肪酸は、天然の植物油にはほとんど含まれず、水素を付加して硬化した部分硬化油を製造する過程で発生する。
これを原料とするマーガリン、ファットスプレッド、ショートニングなどに多く含まれるほか、これらを原料とするパン、ケーキ、ドーナツ、クッキーといった洋菓子類、スナック菓子、生クリームなどにも含有される。
一定量を摂取するとLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を増加させ心臓疾患のリスクを高めるといわれ、2003年のFAOとWHOによる共同勧告が発表されて以降、トランス脂肪酸を含む製品の使用を規制する国が増えている。

※トランス脂肪酸問題

かつて植物性脂肪から作られるマーガリンは、動物性脂肪であるバターよりも健康によいというような印象が持たれていた。しかし近年では逆に、マーガリンに含まれるトランス脂肪酸が健康被害を与える可能性が指摘されている。トランス脂肪酸は心臓疾患や現代病の一因である可能性が指摘されており、米国ではすでに食品中に含まれるトランス脂肪酸の量を表示することが義務付けられたり、食品中に含まれる量の規制が行われるなどしている。

<ご参考まで>
日本経済新聞 米、トランス脂肪酸の食品添加禁止 18年6月から
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ17HQH_X10C15A6000000/

※人体への影響への詳細を知りたい人は下記へどうぞ。

※ウィキペディア
~トランス脂肪酸~
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%84%82%E8%82%AA%E9%85%B8

※ウィキペディア
~マーガリン~
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%B3


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マーガリン入りのパン


ひまわり:マーガリンもトランス脂肪酸の多い油のようですので、自分で買うことはしませんが、市販のクッキー等には入っていることがあるようです。また、バター不足が続くと代用品としてマーガリンやショートニングを使う洋菓子店、パン屋さんなどもあるようですね。

光のお母さん:ほぼそうなのではないかと思います。過去にバター不足で消費者がバターを購入できない期間がありましたね。今は回復したようですが、当時は価格の高い輸入バターも出回っていました。しかしながら、あれは、バターの原料となる牛乳が不足していたのではなく、業者のもくろみでそうなっていただけなのです。なぜなら、牛乳が不足しているということはなかったからです。

ひまわり:バター不足はてっきり牛乳が足りないことが原因だと思っていました。業者のもくろみとはどういうことでしょうか? 

光のお母さん: 要するに消費者の心理をうまく利用して、儲けようという魂胆だったということです。牛乳とバターについては、また別の機会にお話ができたらと思います。

ひまわり:儲けようという魂胆と伺って、なんだかまた怒りが湧いてきそうな感じがしておりますが(笑)、とても興味のある話題ですので、是非また別の機会にお話を伺わせてください。

光のお母さん:わかりました。機会があれば、ぜひお話をしたいと思います。
マーガリンやショートニングの害は随分前から言われていることですが、スーパーに並んでいるさまざまなパンには、そのどちらかが入っていて、最近は入っていないものを見つけ出すことは不可能に近くなっていますね。「バター入り」と書かれていても、バターが1%でも入っていたら、いかにもバターを使用しているような雰囲気があって、騙している感じがします。「バター風味」を少しでも感じてほしいからでしょうけれど、マーガリンの量が圧倒的に多いことはわかるので、バター風味を強調したいなら、100%バターにすることですね。本物の味を味わいたい人は、価格が高くても買うと思うのですが。だいたい消費者は安物を求めすぎるのです。だから業者は消費者のニーズに合わせた原材料を使用するのですよ。

マーガリンはかなり安価でできるのだろうと思います。ひまわりさんは、業者がマーガリンやショートニングを使用するのは、安価のほかに何のメリットがあるからだと思いますか?

ひまわり:光のお母様のおっしゃるとおり、安価でできることで業者、企業が利益をあげるための措置なのではないかと思うのですが、他にもメリットがあるのでしょうか?

光のお母さん:はい、ありますよ。それは、「腐らない」ということです。
劣化しにくいので、保存するのにとてもよいのです。プラスチックのように変化しないからなんでしょうね。

ひまわり:なるほど、たしかに『食べるプラスチック』という表現は聞いたことがありますが、なんだか気分が悪くなってきました…そういえばスーパーやコンビニなどで売られているパンやケーキには原材料が表示されていますが、パン屋さんで売られているパン等は個別包装されているわけではなく、原材料の記載がないので、何を使用しているのかをお店で直接聞いてみる必要があるかもしれませんね。

光のお母さん:そうですね。わたしは香料について訊くことがありますよ。入れなくてもよい香料を入れてあったりするので、いつも確かめています。

ひまわり:これからはパン屋さんなどでも原材料として何を使用しているかを確かめるようにしてみようと思います。

なんだか家でパンを作りたくなってきました。天然酵母の起こし方を勉強して、じっくり時間をかけてパンを発酵させ、家で焼きたてのパンの香りをかぐことができたらきっと幸せだろうと思います。早速勉強を始めます。

光のお母様、このたびも対話をさせていただきありがとうございました。自分の心身の健康に責任を持つためには自分が賢くなって行動する必要があると毎回励みにさせて頂いております。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします。

光のお母さん:食べ物について連続で対話してきましたが、次回はちょっと食べ物から離れたお話をしたいと思います。
お楽しみに。


ハート

☆今回も、どのくらいの読者さんが関心をもたれているのか参考にさせていただきたいので、この記事をお読みになって、参考になった、気づきが得られたという方、賛同された方は、拍手にクリックをしてください。



ひまわりさんと光のお母さんとの対話 ~第3弾 甘いもののお話~

2017年03月05日 12:40


ひまわりさんと光のお母さんとの対話
~第3弾 甘いもののお話~


前回のお話はいかがでしたか?
読者さんの感想文などを募集したいのですが、以前に申し上げた通り非常に波動の悪いコメントが紛れ込むことがありますので、拍手コメント欄を出すことは致しません。できれば、光のコースの受講者さんがレポートしてくださると有難いです。
もし内容にご賛同くださったなら、最後に「拍手」にクリックをしてください。
今回は、皆さんが好きな甘いもののお話です。



クリーム


◆甘いもののお話



ひまわり:光のお母様、先日の対話の続きをさせてください。
果物が好きでよく食べているのですが、最近の果物は甘さばかりが際立っていて、味に深みがなくなってきたように感じています。甘い=美味しいになっているのではないかと思い、日本人の味覚が少しずつ狂っているように感じるのですが、光のお母様はどう思われますか?

光のお母さん:その通りだと思いますよ。
最近、果物だけではなく、なんでも甘くて柔らかいものが好まれる傾向にありますね。生産者もこれに同調して、さらに甘くする努力をしているように思われます。本来の自然の味が損なわれ、気持ちが悪いほど甘すぎて、本当にどうかと思います。甘ければいい、甘ければ美味しいというのは、少し違う気がしますね。

ひまわり:割と甘い物は好きなのですが、一度に甘い物をたくさん摂ると頭が痛くなる、皮膚がかゆくなるなどの症状が出ることがあります。

光のお母さん:それは重症ですね。わたしは甘い物は好きではないし、白砂糖は極力とらないようにしてきましたので、そのようになったことがありません。うちの家には、もう何十年も、かろうじて黒砂糖しか置いていないのですが、たまに冠婚葬祭で白砂糖の大きな袋を何個ももらうと、げんなりしますね。特に田舎では、白砂糖は価格が安い割には、もらって喜ばれるのでしょうかね。白砂糖が健康を害するという認識は全くないようです。

ひまわり: 昔(数世紀前ですが)は砂糖、白砂糖は高級品だったという名残もあるのでしょうか。
砂糖は幸せホルモン(セロトニン)を分泌するそうですが、確かに甘い物を食べると幸福感を感じます。一方で、イギリスのジョン・ワトキンス博士は、「この世から白砂糖をなくしたら精神病はすべてなくなる」と断言しているそうです。砂糖は有益なのか、害なのか分からなくなってきました。

光のお母さん:白砂糖は人工的に幾度も精製されて作られたものですから、原料のサトウキビに本来含まれているビタミンやミネラルなどは全くありません。
わたしは特に精製された白砂糖は有害で、有益とはとても思えません。なぜなら、白砂糖は血糖値が急激に上昇してインスリンが大量に分泌され、低血糖を引き起こしやすくなるといわれているからです。低血糖が続くと、今度は血糖値を上昇させようとして、アドレナリンが放出されますね。(アドレナリンは神経伝達物質の一つで、興奮した時に大量に血液中に放出されるホルモンのこと)

アメリカではすでに、白砂糖を多く含む菓子類を沢山食べる子どもは「集中力がなく、思考力も減退し、短気でイライラしやすい」ということがほぼ常識となっているそうです。アドレナリンが出すぎると、集中力がなくなり、短気になり、キレやすくなることは随分前(1970年代頃)から知られていますよ。

参考例:ロンドンに住むミカエルという少年はけんかが好きで、学校では落ち着きがなかった。おもちゃを壊したり、弟たちをいじめた。眠れない、手が震え、どもったり、爪を噛んだ。
家庭医は、その原因を彼の食事だと判断した。アイスクリーム、ケーキ、チョコレート、精白粉のパンや菓子、その他の加工品、これらがあらゆるトラブルの原因ではないかと。それらをやめさせたところ、一週間ですっかりおとなしくなった。そこで家庭医は治療のテストをするために、この子にふたたび自分の好きなものを食べさせたところが、二日経たないうちに、彼は前のように悪くなった。彼の母親は当惑して、ふたたび医師に相談した。医師は母親にもとの無糖の食事に戻すことを教えた。そうしたのち、ミカエルは素行のよい若者に育っていったという。
(アメリカ『プリベンジョン』誌主幹ロデール氏によるお話 原崎勇次著「医者いらず食事法」より引用)

子ども


光のお母さん:この例からわかるように、子どもをしつけるには白砂糖を与えてはいけないということですね。

☆参考ブログ
↓クリック
みんなが知るべき情報/今日の物語
砂糖の害について「まんが」で分かりやすく!

ひまわり:英語で『シュガーハイ』という表現がありますが、参考例として挙げてくださった子供やお知らせくださった漫画にある子供がまさにその状態ですね。そして子供に限らず、大人でも同じようになっている人はいると思いました。彼らがおかしな言動をする前には、大量に砂糖を摂取している可能性がありますね。

光のお母さん:そうですね。
砂糖は肥満を招いたり、心臓病や高血圧や糖尿病、虫歯を引き起こす要因ともなっていますし、冷え性や生理痛がひどくなったり、異常な常軌を逸した行動をするようになったり、胃炎、腸炎、ガンなど、さまざまな病気を引き起こす元となっているのです。
アドレナリンが体内で分解されてできるアドレナクロムという物質は、実は麻薬メスカリンの中の薬効成分と同じ物質なのだそうです。つまり「砂糖依存症」になるということです。
白砂糖のほかにも、食品にはアスパルテームやサッカリンが使用されていますね。ガンや奇形が発生するという結果から生産中止となったチクロなどは、現在中国、カナダ、EU圏など、およそ55カ国で使用されているようです。人体に悪いとわかっている人工甘味料を平気で使用するということに、本当に首をかしげてしまいます。

ひまわり:本当に白砂糖を摂取しても良いことがありませんね。ほんの一瞬の幸福感のためにどんどん身体が蝕まれていくことや中毒性があるのは麻薬そのものだと思うのに、なぜ白砂糖を使った食品がこんなにも蔓延していて、あまり白砂糖の害について語られないのか不思議に思います。
そういえば、食生活を改善しはじめてから、添加物に身体が反応するようになってきました。ある日、それまで使っていた歯磨き粉が気持ち悪く感じられたので、サッカリン・合成界面活性剤不使用の歯磨き粉に変えました。歯磨き粉の成分の影響で若い人たちに味覚障害が起きているという話も聞きますし、前回の対話でもお話しさせて頂いたとおり、あらゆるものの『裏を読む』必要を感じます。
また、アスパルテーム等のカロリーゼロ、糖質ゼロの人工甘味料もかなり増えているようですが、かなり危険な代物のようですね。人工甘味料でも血糖値は上昇するという研究結果も出ているようですし、満足が得にくく、またカロリーゼロだからと大量に摂取して結局健康を害することとなるようです。健康に害があると分かりつつも禁止をしないとは、政府は一体何をしているのでしょう。国民をバカにしているのでしょうか。


コーヒーとカステラ


光のお母さん:日本国民が甘味の強いものを求めているということは、皆幸せではないのだということですね。これだけ甘さを求めること自体、国民は何かに飢えていて、幸福感が欠如しているという証拠なのです。
甘い味は、心身をゆるめる働きがあります。緊張しているときや張り詰めているとき、悩んでいるときに欲しくなります。あまりにも甘い物ばかり食べている人は、欲求不満/ストレスが溜まっているということです。甘い物が大好きな男性がやたらと多いのも何か関係がありそうです。
糖分は陰性が強いので、身体を冷やしますし、神経がゆるむとは物忘れを引き起こします。肉食の多い人はバランスをとるためにどんどん陰性のものをとりたくなります。まずは肉食をやめることですね。

ひまわり:確かに会社でも男性が甘いものや清涼飲料水をたくさん摂っているのを見かけます。男性のほうが幸福や癒しを求めているのでしょうか?

光のお母さん:毎日仕事に追われているのは男性の方が圧倒的に多いし、家庭を持っている男性は家に帰ってもあまり癒されていないのでしょうね。もちろん、近年は女性も社会に多く進出しているので、同様のことが言えるでしょう。

ひまわり:男性も女性も癒しが足りていないのですね。それを砂糖や甘い物に求めてしまうのですね。
西欧の甘い物は頭が痛くなる程の甘さで、甘い物が好きな私でも特にケーキは1ピースを食べきることができない、砂糖のジャリっとした食感が口に残るような感じさえあって、繊細な甘さを好む日本人には合わないと思っていましたが、今はあらゆる物が西欧化しているようにも思えます。そしてそれが到底良い傾向だとは思えません。

光のお母さん:アメリカをはじめ、オーストラリアやヨーロッパの人たちの食事を見ますと、砂糖を使い過ぎていることがわかりますね。肥満がその証拠ですし、死因も心臓病が最も多いです。彼らは砂糖の害を知らないのでしょうね。参考のため、「砂糖」についての概要を記載しておきますね。


~アンサイクロペディアより~

砂糖(さとう)(学名 スクロース)とは、カロリーは高いが各種疾病を誘発させる麻薬の一種である。
砂糖は炭素(これはある猛毒性のガスの主成分の一つである)と酸素と水素(どちらもDHMOの主成分である)から構成される化学物質である。
その化学式は(C6H12O5)M2。重量に対して異常にカロリーが高く、口内疾病や生活習慣病(糖尿病など。また心臓病の遠因にもなる)などの疾病を誘発させる危険な化合物であると目されている。
しかし、その恐ろしいリスクをおしてなお一般に蔓延している点から、覚醒剤やヘロイン・コカイン以上に依存性のある(これらも十二分に危険な猛毒だが)非常に危険な化合物(薬物)であるとも言える。

2004年に世界保健機関(WHO)と国際糖尿病連合(IDF)が共同で発表したところでは、この恐ろしい化学物質による中毒死亡者は世界で年間320万人にものぼるとしている。また、この中毒者は2002年調査で1億7100万人、2030年には3億6600万人にまで膨れ上がることが予測されている([1])。これは喫煙よりはやや少ないが、自殺よりははるかに多いと見られている。

このように、砂糖は真に危険な薬物なのだが、今のところ砂糖を規制する法律は世界中どこにも施行されていないのが実情である。

一般には「白い粉」として知られているこの化学物質は、未精製時には黒褐色をしており、これは敢えて黒砂糖と呼ばれている。精製することにより砂糖は白い粉となって市場に出回っており、これらは様々な食品に隠されて我々の口に入る。

また、2016年に日本国内で死亡した者の大部分に砂糖を摂取した経験があることが判明している。摂取率は年齢につれて上昇し、成人の死亡者ではほぼ100%に砂糖摂取経験があったと推定されている。

毒性や生産については下記をお読みください。
↓クリック
アンサイクロペディア
砂糖


sugar


ひまわり:『白い粉』という表現自体が麻薬を想像させますね…白砂糖は化合物、化学物質であるということが良くわかりました。
それでも甘い物好きなのに、甘い物を一切断つのはなんだか悲しい気がしますので、砂糖や甘いものとはうまくつきあっていく必要があるということですね。

光のお母さん:そうですね。できれば、病気の元になる砂糖や果糖は減らすよう、心がけることが必要ですね。わたしは数年前までブドウが好きでよく食べていたのですが、最近出始めた「ものすごく甘いブドウ」はもう食べられなくなってしまいました。イチゴも甘酸っぱいものがなくなり、練乳などをかけなくてもよいほど甘くなってしまっています。好きなものがどんどん甘くなって、食べられなくなっていくことに対し、「不自然で、こんな甘いのはおかしいよ」と思っている人たちもいらっしゃるのではないかと思います。
消費者が甘い物を好んで買うから、生産者はどんどんエスカレートしていくのです。もっと自分の身体を考え、口に美味しいだけのものに騙され、惑わされないようにしてほしいですね。とにかく、もっともっと賢い消費者になっていただきたいと思います。

ひまわり:私も以前ブドウを何粒か食べたところ、甘すぎて嫌になったことがありました。イチゴも甘酸っぱいものが美味しいと思っているので、甘いだけのイチゴには手が出ません。
消費者として、こんなに甘い物はおかしいと声をあげていく必要がありそうですね。

光のお母さん:その通りです。皆さん、正常な味覚に戻ってほしいですね。

ひまわり:甘い=美味しいだけではないのだということを思い出す、取り戻す必要も感じます。私をはじめとする甘い物は好きだけれど健康でいたい人に、甘い物との付き合い方のアドバイスをいただけますでしょうか。

光のお母さん:甘い物をたくさん食べられる人は、「味覚失調症」にかかっているのです。白砂糖はカルシウムとビタミンB群を奪うので、それらを補給する必要があります。そして、甘い物を食べたときは、抹茶のようなお茶を飲むことですね。そして、食べた分だけ、ご飯などの炭水化物を減らすことです。睡眠時間が短くなると甘いものや塩辛いものなど濃い味を渇望するようになるので、睡眠をしっかりととることも、必要ですね。
甘いものを食べなくても、ストレス発散は可能です。運動をしたり、散歩したり、読書をしたり、お風呂に入って頭からシャワーを浴びたり、好きな音楽を聴いたり、食べること以外で快感を得ることを考えてみること、とにかく自分の好きなこと、楽しいことをしてみることですね。幸せは自ら創り出すものですから。

ひまわり:光のお母様とお話をさせていただき、今まで甘い物を欲しているときの自分の体調、精神状態、ストレス度合い等に無頓着であったことを反省しました。今後は甘い物を欲しているときの自分を観察する必要があると思っております。甘い物を欲する自分と甘い物とうまく付き合っていきたいです。
そして、何よりも、甘いものを摂取することで本当は有害な見せかけのインスタントな『幸福感』を得ようとせず、真の幸福を創造できるよう、楽しんで生きていきたいと思っております。自分が何をしているとき楽しいと感じるのか、楽しいことをしていたら甘い物の摂取量が減るのか、実験してみたいです。
甘い物をきっかけにこのように深いお話ができたことに深く感謝しております。このたびも対話をさせていただきありがとうございました!

光のお母さん:次回も続きます。お楽しみに。



ハート

☆どのくらいの読者さんが関心をもたれているのか参考にさせていただきたいので、この記事をお読みになって、参考になった、気づきが得られたという方、賛同された方は、拍手にクリックをしてください。


ひまわりさんと光のお母さんとの対話 ~第2弾 食べ物のお話~

2017年02月27日 14:25


◆読者さんのご感想より


最初に、ブログ読者さんが前回の記事『地球の生命たちを守るために➀~雄性不稔の異常な植物~』に対するご感想をくださいましたので、掲載させていただきます。


四つ葉のライン


◆雄性不稔の記事を読んで


                    A.K  女性 40歳  東京 


地球全体が異常波動になっていることは、実生活でも気が付いていました。

経済成長のために地球の自然環境が犠牲となり、これに対する地球の浄化現象として、天候不順や大災害が世界中で起こっています。以前、福島の上を台風が通過するのは、地球が自身を洗浄しようとしていたのだと直感的に思ったことがあります。また、歪められているのは植物だけではなく、人気のある犬種や猫を沢山繁殖させるための無理な交配によって、遺伝病のペットが増えおり、後ろ足がマヒし全身に広がってしまう遺伝病のコーギーや、中年以降になると眼球が溶けて目が見えなくなってしまう白いダックスフントがいるそうです。ほかにも、食べやすくなるという理由で人気の種無しブドウは、人房ずつホルモン剤に浸して種無しに育てているそうで、地中海産のマグロなどのお刺身のパックの裏を見ると、それはもはや鮮魚のお刺身ではなく、保存料のラベルが貼ってあるものがあります。

そして、こういうものを日常的に口にしている私たちの体にも歪みが生じてきており、がんや不妊症などが増えてきていることは当然のことだと思いますし、体が歪めば、心にも歪みが生じるのだと思います。凄惨な事件のニュースは今では日常茶飯事ですし、事件を起こした人の顔つきを見れば、何かに憑依されていることがよくわかります。また、職場でも以前と比べると顔つきが変わってきている人が増え、完全に悪霊化しているのがわかる人もいます。ただただ消費されるためにそのものの本来の良さや安全性が歪められた結果、その影響は人々の健康だけではなく、心の在りようにまで歪みをもたらしているのだと実感せざるを得ない状況です。

米国の大手農薬化学会社、モンサントが特許をもつ種子は、除草剤などの農薬に耐性をもつ遺伝子組み換えの作物として、その不自然さは知っていましたが、固定種、F1種の話は光のお母様のブログで初めて知りました。スーパーで売られているもののほとんどが雄性不稔だと思うと、何を買って食べればよいものやら、恐ろしくなりましたが、母が長野で畑を借りて家庭菜園をしているので、本日母に連絡をして、F1種は買わないように、固定種の種を買って育てるように伝えました。母を含めて菜園サークルでも、種の種類の違いに気が付いている人は皆無だと思いますので、まずは、このことを、母の周囲にも伝えてもらうようにします。

☆光のお母さん:ぜひそのようになさってください。
Aさんが書いておられた内容については、今後調査をし、追究していきたいと思っております。
ありがとうございました。また新しい情報などがありましたら、ぜひ教えてください。




susi


ひまわりさんと光のお母さんとの対話
~第2弾 食べ物のお話~


ひまわり:先日の固定種とF1種のお話、大変興味深く読ませて頂きました。
儲けることを優先して、異常なタネ、食べ物を作っているということは、私たちは自分で自分の首を絞めていることに他ならないと思っております。全ての命がつながっていて循環しているのだとしたら、しっぺ返しが来るのは間違いのないことだと思っておりますが、まずは賢い消費者になる必要があると考えております。『タネが危ない』を早速読んでみましたが、外食はもとより、食卓に上がる野菜を含むすべての食べ物の安全性についてかなり心配になってきましたので、今回は食べ物についてお話をさせていただけるとありがたいです。

光のお母さん:『タネが危ない』をもうお読みになったのですね。その素早い行動には感心してしまいます。
確かに種々様々なものを食する人間には、その食品の安全性が大きな関心事となっていると思います。ひまわりさんは特に今どんなことが気になっているのですか?


ひまわり:気になることは色々とあるのですが…疲れて食事を作る気力もないときなどにコンビニやスーパーに立ち寄って何か食べ物を買って帰ろうと思うことがあるのですが、売っているお弁当を見て、表示されているものがこの値段で食べられるなんておかしいのではと思うことが多くあります。特にお寿司などは記載されている物とは違う物が入っているように思えてなりません。特に食品で安い物にはウラがあると思うのは穿った見方でしょうか? そして結局コンビニやスーパーでは何も買わずに帰るということが多くなります。

光のお母さん:スーパーのお寿司が安いわけは、食べてみたらわかりますね。お寿司屋さんが握ったものとは全く味が違います。素材の質が全然違うのですよ。

ひまわり:そういえば先日、宅配食品で切り身の銀鮭が安くなっていたので注文しました。食べてみたら脂が乗りすぎていて、身が柔らかすぎてなんだか違和感を感じました。裏を見たらチリ産養殖サーモンとあったので、えさに問題があるのか、その後の加工に問題があるのか、いずれにしてもなんだか気持ち悪さを感じたのでもう同じ商品を買うのはやめておこうと思っているところです。これも光のお母様のおっしゃる『素材の質が違う』ということになりますでしょうか。

光のお母さん:「銀鮭」はチリ産の養殖のものが中心ですね。「アトランティックサーモン(大西洋鮭)」などは、ほぼ養殖だそうです。
養殖サーモンは、どこがいけないのかということですが、まず養殖のものは、汚染されたえさ(ワクチン・抗生物質・色素・科学薬品が入っている)を与えられているということ、養殖環境がとても悪いということ、養殖サーモンには、天然のサーモンに比べて、ガンを引き起こす化学物質がたくさん含まれているということです。

ひまわり:どのような化学物質で汚染されているのでしょうか?

光のお母さん:まずPCBsとダイオキシンで汚染されています。それは食物連鎖を通して影響するようですね。飼育されたサーモンは、魚油に浸される魚粉と粒でできているペレット(魚の養殖などで用い、分離しにくいため水質を汚すことが少ない塊状にした飼料のこと)を食べますが、その餌には脂身を出すために入れた猛毒性のあるPCBsとダイオキシンが含まれています。養殖魚は「生の刺し身」がもっとも油の含有量が多いようです。

『Guide to Safe Salmon』というHPには、「飼育されたサーモンがPCBとダイオキシン分がとても高いので、栄養分が母から赤ちゃんに渡る方法を研究しているノルウェーの小児科医は、健康な赤ちゃんが欲しいならば、飼育されたサケを避けなければならないと警告した」ということ「自閉症、より小さな頭と神経系疾患は、PCBとダイオキシンと関係している」ということなどが書かれていました。
どれくらいの量の油がでるか知ってほしいので、英語版ですが、下記の動画をぜひともご覧ください。


Guide to Safe Salmon
 
また、ノルウェー産サーモンの有害物質の実態を調べてみると、水銀、カドミウム、PCB(ポリ塩化ビフェニル)、ダイオキシン、臭素難燃剤、塩素化合汚染物質、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)が含まれていることがわかりました。
ノルウェーの医師が「子供や妊娠中の方が養殖のサーモンを食べることはおすすめできない」と公式に発表しても、ノルウェーでは2013年にEUから猛毒性のあるエンドスルファンという薬品を入れたえさを養殖魚に与えることを認可されて、使われ続けているらしいですよ。頭をかしげてしまいますね。

ひまわり:動画を見ましたが、あまりの油分にとても気持ちが悪くなりました。しかし、消費者が『脂の乗った美味しいサーモン』を求めるから養殖業者がそのようなサーモンを供給しているとも言えると思います。消費者が、ごまかされたまやかしの美味しさではなく、安全で安心して食せるサーモンを求める必要があるのだと思います。
また、エンドスルファンの入った餌を、猛毒性があると知りつつEUが認可した理由を英語のサイトで探してみたところ、猛毒性のある餌の方が安く、サーモン養殖業者の利益が上がるということが背景にあるようです。結局は儲け主義で、そのサーモンを食べて健康を害する可能性のある人間のことなどはおかまいなしのようで、大変腹立たしくなりワナワナしました。ノルウェー産の養殖サーモンは食べません。このような食品は危険だと思いますので、身近な人にも知らせて不買運動をしようと思います。

光のお母さん:ぜひ実行してください。
実は『Guide to Safe Salmon』にあった動画をつけている二人の管理人(日本人)のブログを見つけました。そのうちの下記のブログをお勧めします。 


新発見。BLOG
http://shinhakken-blog.seesaa.net/article/417655265.html 
『ピンクのサーモン(ノルウェー産)は超危険な有害養殖魚!』

光のお母さん:皆さんにも養殖サーモンがスーパーや回転すし店などに運ばれるプロセスをお読みいただきたいのですが、ひまわりさんはどのように感じましたか?

ひまわり:もはやサーモンとは呼べない薬漬けの代物がスーパーや回転すし店に運ばれているのですね。見分け方はブログを見て分かりましたので、表示がなくとも養殖サーモンは見分けられそうですので、見つけたらもう絶対に買いませんし食べません。


魚のライン


光のお母さん:ほかに何か気になっていることはありますか?

ひまわり:今、少しずつ肉食を減らし、菜食中心の食生活に切り替えているのですが、栄養バランスを考えてタンパク源となるものとして鶏肉はまだ摂っており、豆類の量を増やしているところです。光のお母様は果物やお野菜が中心だとおっしゃっていましたが、タンパク質はどのように摂取なさっていますか?

光のお母さん:まず、豆類の量を増やすのはどうかな? と思います。というのは、大豆の種はほぼアメリカと中国からの輸入だからです。日本の大豆の自給率は5%です。つまり95%が輸入で、その8割がアメリカ産だということです。

30年くらい前に種苗メーカーは「在来種(自家採種を10年以上続けている種子のこと)」の保護や保存をしなくなったようで、現在栽培されている野菜の種は、ほとんどアメリカや中国からの輸入ものです。わたしの好きな丹波の黒豆などの伝統野菜でさえ、かけ合わせの種や海外からの輸入品等であるものが多いというのを知って、唖然としました。

農協はF1が大好きですね。なぜなら、F1の種は一代限りなので、農家は毎年種を購入しなければなりません。それだけ種子販売業者にとっては有利ですものね。それに在来種/固定種に対して価値を見出してはいないので、在来種で育てた豆農家さんの豆などは、どうやら一般市場には出てきにくいようなのです。

わたしは数年前までは豆腐や納豆やあげなど大豆を使った製品をよく食べていたのですが、一年前から納豆や豆腐を食べてはいけないという警告を直感で感じるようになりました。いつも買い物するときは、ペンジュラムでひとつひとつ波動を確認し、波動がよい、買ってもよい、と示してくれたものを購入することにしているのですが、現在大豆製品は一切「NO」となっています。納豆など「国産」と書かれていても、F1種である可能性は高いわけです。
ちなみにスーパーで売られている様々な納豆を調べてみましたが、すべてダメでした。価格の安い納豆は輸入大豆を使っています。その輸入大豆の大半はアメリカ産で、原材料の表記は「大豆(アメリカ、カナダ。遺伝子組み替えではない)」と書かれてはいますが。

茨城産の在来種である「納豆小粒」という品種に放射線をかけてより小さくした「コスズ」とか「スズヒメ」という品種が作られていることが「タネが危ない」に書いてありましたが、放射線がかかった豆だと知っていたら、ひまわりさんは買いますか?

ひまわり:なんということでしょう…大豆は日本人の食卓には欠かせないものだというのに、一体どうなっているのでしょうか。大豆が基となっている製品は数多くあって、お米と並んで大豆は国が保護する必要のあるものだと思います。私は牛乳が苦手なので豆乳に置き換えているのですが、私の食生活もかなり見直さなくてはなりませんね。納豆も好物ではあるのですが、小粒はなぜか食指が動かずにおりました。「タネが危ない」で放射線をかけているということを知り、動物的直感が働いて避けたのだろうかと思っていたところです。知れば知る程買えなくなる物、食べられなくなる物が多くなってしまいますね。
以前からナッツが好きでよく食べているのですが、ナッツを増やしてタンパク源にしようかと思います。光のお母様もナッツはお好きでしたよね?

光のお母さん:はい、好きですが、ナッツ類はほぼ外国産なので、どうかな? と思っているところです。
大豆を使用しているのは豆腐やあげのようなものだけでありません。お菓子類にもたくさん大豆油などが使われており、「えっ? こんなものにも?」と思われるものにまで使われています。しっかりと裏に表示されている「原材」を読むことですね。

ひまわり:ますます安心して食べられる物が減ってしまうではないですか!
裏の表示、原材料を良く読むようにとは光のお母様がよくおっしゃっていることですね。もっと意識的に『裏を読む』ようにしようと思います。
それにしても、素人考えだとは思いつつもF1種もある意味遺伝子組み換えだと思うのです。しかしF1種のタネからできた作物は『遺伝子組み換えではない』とされるのが不思議です。

光のお母さん:F1種とGM(実験室で遺伝子を入れたもの/遺伝子組み換え作物)は基本的に異なります。
F1は、二つの植物をかけあわせることでできた子どものことで、人間でいえば、日本人とアメリカ人など異国人とのハーフのことです。ですからF1は両親のゲノム(遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のこと)を半分半分で持っている植物ということです。
それに比べてGMは、自身のゲノムに外来の遺伝子が組み込まれている植物のことです。
遺伝子組み換えというのは、ある生物の遺伝子の中へ縁もゆかりもない生物の遺伝子を人工的にねじ込む技術のことです。たとえば、人間の遺伝子に動物の遺伝子を入れるような感じです。とても気持ち悪いですね。

ひまわり:私はF1種でもなんとなく気持ち悪いと思うので(人間のハーフはそうは思いませんが)、遺伝子組み換えなどはおぞましいとさえ思います。

光のお母さん:農水省資料 PDFにはカルタヘナ法に基づき、生物多様性 影響が生ずるおそれがないものとして環境大臣及び農林水産大臣が第一種使用規程を承認した遺伝子組換え農作物の一覧が載っています。
ダイズの項目をぜひ閲覧してください。

参考資料:農水省資料 pdf カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律 平成15年法律第97号)
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/c_list/pdf/list02_201212...

ひまわり:栽培用・食用・飼料用となっているところに○がいくつかありましたが、これは食用、飼料用の遺伝子組み換えの大豆が市場に出回っているということですよね。先ほどもお伝えした通りですが、日本の食卓に欠かせない大豆なのに、遺伝子組み換えを容認したということがどうにも解せません。日本の農水省は一体何をやっているのでしょうか。自国の国民の食の安全について、このように無頓着でいいのでしょうか。そのまま食べて終わるような食品の遺伝子が組み換えられているのであれば、その食品を避けることもできますが、大豆のように様々な形に加工されるものが遺伝子組み換えを容認されているとなると、悪影響が出たときの被害は甚大となります。農水省のお役人たちには、自覚はあるのでしょうか。またワナワナとしてきました…

光のお母さん:あまり深く考えていないとしか思えませんね。これでは日本伝統の味噌や醤油も汚染されてしまい、本当に腹立たしい限りです。

ひまわりさんが食しておられる鶏肉も、できれば今後は食べない方がよいです。
ブロイラーチキンは心臓や肺が十分発達する前に急激に成長するので、自分の体を維持できず、その結果、心不全を起こして死んでいく鶏が相当数に及ぶということ(米国食肉産業の専門誌「Feedstuffs」の調査)。アメリカのスーパーで売られているチキンのうち、83%がカンピロバクター菌かサルモネラ菌がいたとの研究発表がされていること。激しい食中毒を起こすので、日本では同様の飼育環境下で育つ採卵鶏の卵は殺菌されて出荷されているとか。中国は成長促進のための薬、病気を防ぐための抗生物質等、ヒナから薬漬けにしているチキンを大量出荷しているという報告もあるようです。日本は国内のブロイラーチキン出荷に加え、ブラジルからの輸入が全体の約55%で、中国産も輸入されているようですよ。MやKFⅭを代表とするファーストフードは、ほぼ全社ブロイラーチキンではないかということも言われています。(新発見。BROG参照)
参考としてHP「 ブロイラー(肉用に飼育される鶏)の一生) 」もぜひご覧いただきたいと思います。

ブロイラー(肉用に飼育される鶏)の一生)
新発見。BROG
「鶏肉ブロイラー大量生産」知ると恐ろしくなるチキンの実体!」


これでも、あなたは鶏肉を食べたいですか?


ひまわり:リンクを読ませて頂きました。肉食を止めようにも、タンパク質を補うために摂っていた鶏肉ですが、もう食べるのはやめようと思います。読んでいて悲しくなってしまい、涙が止まらなくなりました。
自分で鶏肉を買うときはなるべく平飼いの自然に近い環境で育った物を選んでおりました。外食先でも安かろう悪かろうは適用されると思っているので、法外に安いお店の鶏肉、魚等は摂取しないように気をつけていたつもりですが、実際どのようなものが出て来ているのかまでは追いきれないということかと思います。
このように安全に食べられる物が少なくなって来た今、生きるために必要な栄養素について、そしてそれらを何からどのように摂取することができるのかということをもっと勉強していこうと思います。

このたび色々お話をさせていただいて、畜産物、養殖の海産物については、原材料表示に飼料として何をあげていたか、どのような環境で育てたかも記載するようにしてほしいと思いました。結局、魚にしろ動物にしろ、それらが食べていた物が彼らを作るのだと思うのです。私たち人間がその魚や動物を食べるということは、彼らの飼料を食べていることに他ならないと思うのです。

光のお母さん:その通りです。まず野菜や穀物に使われている肥料や農薬、魚や動物の飼料を正しく調査してみることが必要ですね。価格の安い品は、本当はもっと高くて当然なのに、なぜそんなに安く売ることができるのかを考える必要があります。

ひまわり:やはり安い物にはウラがあるということですね。しかし必ずしも高ければ安全で美味しいというわけではないと思いますので、早急に『賢い消費者』となる必要性を感じております。
地産地消とする方がまだマシなように思えますので、日本は早急に食料自給率をあげていく必要があると思いますし、日本人は足るを知る必要があると思います。自分たちの過度な欲が食を壊していること(以前ブログに書いてくださった鰻やマグロのことなども含め)を反省すべきときが来ているように思います。
光のお母様、生きる基本となる『食べる』ということを深く考えるきっかけを頂きました。何を食べたら良いのか途方に暮れてしまいそうですが、それはもはや食の安全を他者に委ねてはならない時代、自給自足の時代がやって来ているということかもしれませんね。
今回も対話をさせていただきありがとうございました。次回も『食べる』お話を続けさせて頂き、食べ物と心の問題についてお話しさせて頂けたらと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

光のお母さん:そうですね。次回は最近増えだした「甘いもの」について、甘味が肉体と精神状態に及ぼす影響などについてお話ができればと思います。





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