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はじめに ―このブログを見つけてくださったあなたへ 

2010年06月12日 20:53

    

     こんにちは。

     あなたと出会えて、ほんとうにうれしいです。

     ありがとう。 

     この書を手に取ってくださったあなたに 
     心から愛と感謝を送ります。

                 2010年 6月 吉日



    バラ―イエロー

           (写真撮影 光の仕事人)
 

★じつはこのブログの内容は、もともと書籍として出版するために書いたものをベースとしています。
一般人が実際に出版にこぎつけるまでは容易ではなく、月日もかかるため、ブログというかたちでメッセージをお届けすることにしたものです。
ときには長文になる日もあるかと思いますが、楽しみながら最後まで読んでくだされば、うれしいです。


 
ところで、あなたは今おいくつでしょうか?
この書は、特に10代の半ばから20代の若い人たちに読んでほしいと願って書いたものです。
もちろん、そんな時代をとっくの昔に経験したおとなの人たちが読んでくだされば、さらにうれしいです。

今もしあなたが10代の少年少女で、このブログを読んで、「なんだかよくわかんないなー」と思うことがあったとしても、1ヶ月後や半年後に再び読んでみたら、「ああ、そういうことだったのか!」とわかることがあるかもしれません。ですから、一回きりではなく、何度も繰り返して読んでみてほしいのです。


★ここで、初めにお伝えしておきたいことは、わたしが述べている内容をすべて信じる必要はないということです。
「盲信」したり、「鵜呑(うのみ)」にしたりするのではなく、「へぇー、そういうことがあるのか」と、とりあえず知っておいてもらいたいのです。

★わたしは今現在のわたしの意識レベルにある真実を提供しています。
あなたの真実がわたしの真実とは異なっていて、理解ができないことがあったとしても、それはしかたがありません。「同じ体験をしていないことはわからない」からです。
 

たとえば、「UFO」について何の知識もない人が、それと間近で遭遇したとしても、なんか変わった動きをしているものが空に見えたということで、「目の錯覚だったのかな?」で終わってしまいます。
でも、「UFO」の情報をある程度知っていれば、「すごい! 自分はほんとうにUFOを見ているんだ!」と理解でき、そのことがきっかけとなって、スピリチュアルな世界に目覚め、その後の人生が変わる場合だってあるのです。

食べてみたことのない料理の味は、実際に食べてみないとわかりませんね。
わたしが「すごくおいしいよ。食べてごらん」と、いくら勧めたところで、あなたがそれを食べよう(体験しよう)としない限り、その料理の味はいつまで経っても、永遠にわからないままです。
味わうという体験をしてこそ、それがどういうものであるのかがわかるのです。
そして、その味についての好みや感想は千差万別です。



魂の成長や進化はまず「知ること」から始まる



★魂の成長や進化はまず「知ること」から始まります。  

もし生まれてから今までにあなたが体験したことがなくても、あなたの魂が「これって、なぜかよくわかる気がするよ」と、あなたの心に共鳴した内容があれば、それを大切にしてください。
それは今生ではなくて過去生ですでに体験していて、あなたの魂に保存されているものだからです。


★このブログは「知らない状態のあなた」から「知っている状態のあなた」へと変容してもらうためのものです。

なぜなら、あなたが体験していなくて、まだ知らない多くの真実を知ることによって、親や先生や社会という外部から与えられてきた「閉ざされたものの見方」や「制限された考え方・思い方」から解放され、自由に生きることができるからです。どのような人からも、脅(おびや)かされたり、コントロールされたりすることがなくなるのです。


★「思いの制限をひらく」ことで、あなたはこの世界で恐れるものなど何もないことに気づくことでしょう。


つぼみのときには、つぼみのときの真実があり、花ひらいたときには、花ひらいたときの真実があります。
そして、花が枯れたときには、枯れたときの真実があるのです。
あなたは常に成長し、進化していく存在ですから、その時々で、あなたの真実もめまぐるしく変わっていきます。
もし、20歳になっても、10歳のときと同じ真実しか知らないとしたら、あなたは少しも進歩していないということになるでしょう。
 
だれもがみな「唯一の真実」を知りたいと思っています。
けれども、そんなものはないというのが真実です。
真実がたったひとつだけなんて、あるわけがありません。

あなたは、この世の中で「絶対に真実である」といえるものを、見つけることができるでしょうか?
また、「絶対に真実でない」といえるものを、見つけることができるでしょうか?


真実はその人の「意識レベル」によって異なるのです。

ですから、今のあなたにとって真実であると思っていることでも、他の人にとっては真実でないと思えることもあるということです。
また、「唯一の真実」はありませんが、「最高の真実」はあります。

まずこれらのことをよく理解していただくために、次回さらにわかりやすくお話しすることにしましょう。



鈴蘭の妖精1


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「真実」はその人の「意識レベル」によって異なる その1

2010年06月13日 08:56


★ あなたにとっての真実とは? ★



今、あなたはどんなことを信じていますか? 
どんなことを「ほんとうのこと」だと思っているでしょうか?
何が、あなたにとっての「真実」でしょうか?



★「精神世界」や「自己啓発」に関する本は、現在たくさん出版されています。
このブログを見つけたあなたなら、すでに多くの本を読んでこられたことでしょう。
それぞれの著者はそれぞれ自分が得た「真実」を語っています。
でも、「それがすべての人たちに認識できる真実か?」というと、必ずしもそうではないことがわかります。
どういうことなのか、説明してみましょう。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

あなたは、鳥舎の巣箱のなかで生まれた一羽の小鳥です。


そこには、おとうさんやおかあさん、兄弟姉妹たちも一緒にいました。
とても気が合う鳥もいましたが、何となく気が合わない鳥も、近寄りたくない鳥もいました。
鳥舎のなかには大きな木があって、そこからはたくさんの枝が伸びています。
どの鳥もたいていその「止まり木」に並んで乗っかり、たわいもないおしゃべりをして毎日を送っていました。

あなたはいつも自分の両足を乗せている「止まり木」という一本の〈直線〉が、唯一の「現実」だと思って生きてきました。

鳥舎は網で囲まれています。
そのあいだから外をのぞくと、まばゆい太陽の光のなかで、空をきって自由自在に飛び交う野鳥たちの姿が目に映りました。

耳を澄ませば、風にそよぐ木々の葉のざわめきや、野鳥や動物や人間の子どもたちの声が聞こえてきます。
ときおり風は、どこか遠いところから芳(かぐわ)しい草花や木の実の甘い匂いを、あなたのところへ運んできてくれました。
さまざまな香りが、季節の移り変わりを教えてくれたのです。

みんな何だかとても楽しそうです。
そこにはまだ見たこともない自分の知らない世界が、どこまでも、どこまでも、果てしなく広がっているように思えました。
大空を優雅に旋回している大きな鳥の姿も、ときどき見かけました。
彼らはほとんど羽ばたくこともなく、空中に浮かんでいました。

「どうして、あんなふうに浮かんでいられるんだろう?」

あなたは自分にも彼らと同じ翼があることは知っていました。
お気に入りの止まり木から巣箱までパタパタと飛び移ることくらいはできます。
でも、羽を動かさずに空中に浮いていられることなどできっこありません。

「信じられない!」「ありえない!」

あなたはいつもそう思い直していました。
あなたにとって、それらの映像は「おとぎ話」や「空想の世界」の産物にすぎなかったのです。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

ある日のこと。
あなたがいつものように「止まり木」に乗っかって、網のあいだから外の景色を眺めていると、あなたを見つけた一羽の野の鳥が、「こっちへおいでよ」と呼びかけ、あなたを誘います。
あなたは首をかしげます。どうしたら、外の世界に行けるのかわからなかったのです。

「そんな窮屈(きゅうくつ)なところにいて、毎日楽しいの? ほら、出ておいでよ。扉はあいているのだから」
「えっ? 扉があいているの?」 

とまどっているあなたを見て、野の鳥はいいます。
「よく見てごらん。扉なんか閉じてもいないし、最初からついてもいないよ。きみが自分で扉をつくって、勝手に閉じているだけじゃないの?」

あなたは驚きます。
鳥舎の扉が開いているなんて、今まで気づきもしなかったからです。
目をこらして見ると、たしかに鳥舎には扉など、どこにもついていません。
柵という制限は、自分で創っていただけのことだったのです。
でも、見知らぬ世界への不安と恐れのために、あなたはまだ「止まり木」にしがみついたままです。

野の鳥は語りました。
ありとあらゆるものには「自由意志」と「自由選択」が与えられていて、だれでも自分の思い通りに生きることができるのだということ。
心配はいっさい無用だということ。

不安や恐れは、すべて自分が自分の思いを制限しているところから起こっているということ。

「へえーっ、そうなんだ!」

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

未知なる冒険を体験するという勇気を与えられたあなたは、ようやく翼を広げ、大きく羽ばたきます。
生まれ育った場所や親しい者たちへの執着を捨てて、あなたは「止まり木」から飛び立ち、そして野の鳥の後を追って空高く舞い上がったのです。


      空飛ぶわし


あなたは海の上で羽ばたくことなくじっと浮いている鳥をみつけました。
あんなふうに自分も浮いてみたい……。
あなたは自分もできると信じて、思い切って羽ばたくことをやめてみました。

「すごい! ほんとうに浮いているわ!」
あなたは羽ばたきをやめても、落ちていかないことがわかりました。
風が自分のからだを支えてくれることを知ったのです。

鳥は上昇気流に乗ることができます。
それに乗って宙に浮くことができる真実をあなたは体験したのです。

そして、「信じられない」、「ありえない」は、「信じられる」「ありえる」に変わったのでした。


上昇気流に乗り、輪を描きながら、あなたはどんどん空高く昇っていきました。
「えーっ? どうして! 世界はまっすぐにつづいているのではないの?」
下方に見える地平線や水平線を見て、あなたは衝撃(しょうげき)を受けます。

なぜなら、現実は〈直線〉ではなくて、〈曲線〉だったからです。


あなたは野の鳥にたずねます。
「この海の上をずっとずっとまっすぐに飛んで行くと、どこにたどりつくの?」
「また、ここに戻ってくるよ」
「えっ? それって、どういうこと? 世界に『果て』なんか、ないはずなのに」

「昔、この大海原をまっすぐにずっと進みつづけるとどうなるだろうって、考えた先輩たちがいてね、実際に旅に出かけていった」
「それで彼らはどうなったの?」
「彼らはまたもとの場所に戻ってきたんだよ。それで世界は直線ではなくて、曲線で、しかもまるいってことを知ったんだ。
世界が平らで果てがないと信じていたやつらは、途中であきらめてやめてしまった。だから、真実を知らないままなんだ」

「どうして途中であきらめたの?」
「そりゃあ、絶対に果てがないと思い込んでいたからさ」

あなたがこれまで絶対にこうだと信じてきたことが、一瞬にして変わってしまいました。

あなたは〈曲線〉だと思っていた世界が〈円〉だということを知りました。
海の上をずっとまっすぐに進みつづければ、いつかまた同じところに戻ってくるということ、世界は平らなんかではなく、〈まるい〉ということを認識したわけですね。

これまでのあなたは、直線的なものを現実だと思い込んできました。
それがあなた(小鳥)の真実だったのです。
ところが、すべての直線はとてつもなく大きな円の一部分であるにすぎず、世界が一直線上にあるというのは幻想であったことに気づいたのです。


天空へと舞い上がったあなたは、やがて〈円〉がサイクルとなっていることを知ります。
電子は原子核の周りを、月は地球の周りを、地球は太陽の周りを、ある一定の軌道を描いて飛びまわっています。

自然界では、植物の光合成とすべての生物の呼吸のはたらきによって物質が循環しています。
雲から落ちてきた雨粒も、地表から水蒸気となって上昇し、雲となってまた地上に落ちてきます。
生まれたものは滅し、滅したものはまた生まれます。
生物の「生き死に」も「輪廻(りんね)」という輪をめぐり、円環しています。

このように、ミクロの「素粒子(そりゅうし)」からマクロの「宇宙」に至るまで、あらゆるものがぐるぐると輪になってまわっていることをあなたは知るのです。

でも、このように現実が〈円〉を描いて周期的に動いているのだとしたら、同じことを何度も何度も繰り返していることになってしまいます。

「みんな、永遠に堂々めぐりをしているってこと? それじゃあ、いつまで経っても先に進めないじゃないの?」
そんな疑問を持ったあなたは、さらに高いところへと上昇します。
そこであなたはもっと驚く光景を目にするのです。

あなたは、〈円〉だと思っていたものが、じつは〈螺旋(らせん)〉だったということに気がつきました。

〈螺旋〉というのは、円を描きながら移行しますね。
〈円〉のように同じところをぐるぐるまわっているのではありません。
ひとつのサイクルを越えたらつぎのサイクルへと入り、そのサイクルを越えたらまたつぎのサイクルへと、つぎつぎと進化のレベルが高いところへと移行、上昇していくのです。

あなたは、すべてのものが同じ繰り返しをしているのではなく、螺旋状に進化していることを知るに到ります。
「そうだったのか! 宇宙の仕組みって、何てミステリアスなんだろう!」

この時点で、ようやく〈現実のほんとうの性質〉というものを真に理解できるところに、あなたは到達したのです。
でも、「進化の旅」はまだまだつづきます。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

★おつかれさまでした。
「小鳥のお話」はいかがでしたか?
この「小鳥のたとえ話」のように、それぞれが持っている「意識」や「観念」、「固有の周波数」によって、見えてくるものや感じられるものはちがってくるし、現実も真実もそれぞれ異なってくるということなのです。



★真実は、それぞれの人にとって真実と見える(思える)ことでしかありません。

★〈真理〉や〈真実〉が探求者の数だけあるといわれるのは、そういうことなのです。



「真実」はその人の「意識レベル」によって異なる その2

2010年06月14日 16:15


★ 神や正義はひとつではない ★



★世界には「」を信仰している人たちが大勢いますね。
一神教の神」、「多神教の神々」さまざまです。
ユダヤ教」と「キリスト教」と「イスラム教」では、「神は唯一の存在である」とされていますが、それぞれ「神の名」は異なり、「真実」も異なります。

これらの信仰者たちは、それぞれがつけた「神の名」のもとに、それぞれの「正義」という旗をひるがえし、それぞれの「思い込みの真実」のために戦争を繰り返してきました。
彼らは自分たちとちがう人たちを決して受け容れようとはしないのです。

神がひとつであるのなら、その神から創造された人間同士が戦う必要などまったくないはずですね。
けれども、「自分の真実だけが唯一正しい」とお互いが思い込み、非常に限られた理解しか持てないでいるため、未だに歩み寄ることができずにいるのです。
多様性のなかにあってお互いを受け入れ合うのが教会だ」とイエスの弟子パウロは言っているのですが……。

キリスト教では、動物などは人間の食べ物として神から与えられ、何を食べてもけがれないとされていますが、ユダヤ教では、ラクダ、ウサギ、タヌキ、鳥の中の猛禽類、爬虫類、羽のある昆虫、死んだ動物、貝や甲殻類、ウナギ、クジラなどの水性動物は、けがれた生き物として一切禁止されています。

イスラム教では豚を食べてはならないことになっています。
ですから、ハムやソーセージも食べません。ヒンドゥー教では神聖とする牛を食べてはならず、ジャイナ教では牛、豚、鳥の殺生を禁じていて、ほとんどがベジタリアンであるといわれています。

宗教によって、食べ物の常識が全くちがっているのです。
なぜなら、それぞれの神が禁じているからです。

このことからも、「神や正義はひとつではない」こと、
そして、「真実はひとつではなく、数限りなくある」ということがわかります。


★それは宗教だけではありません。
法律や医学や現代科学も同様です。

今まで認められていた真実よりもさらに最新の異なった真実が発見されて、それに賛同する学者が多いと、今度はそれが真実として認められます。
以前の真実は「真実ではなかった」ということになるわけです。
「相対性理論」で有名なアルバート・アインシュタインも、今では「まちがっていた」といわれていますね。


★ 真実は探求者の数だけある ★



真実は探求者の数だけあるのですから、どれが「正しい」と断定することはできません。
思い込みの度合いは千差万別ですが、それぞれがその人の真実なのです。
また、探求者たちも日々成長し、進化していきますから、それぞれの成長に応じて真実も変化していくのです。

 

★人によって異なる真実、それがつぎつぎと変わっていくような真実、条件が変わると容易に変わってしまう真実を、仏教では「世俗締―世俗の真理」と言っています。一般的には「常識」と呼ばれている内容で、「制限された通念」、「思い込み」といってもよいでしょう。


★「常識」は同じ国の中であっても、地域によって随分異なります。


秘密のケンミンSHOW 」というテレビ番組を見られたことがあるでしょうか?
各県で通用している「常識」が、日本のどこででも通用するとは限らないことをつよく気づかされる番組ですね。
すぐ隣の県であっても、習慣や食物の食べ方は驚くほど異なっています。
日本という一国でさえそうなのですから、世界の国々の「常識」が異なるのは当たり前だということです。

このように、人や国、宗教によって好き勝手に制限されている真実は、究極かつ普遍の真実とはいえませんね。


★わかっていることは 、「真実は各人の意識レベルによって異なる」ということ。
意識レベルが上昇すればするほど、さらに深遠な真実に出会える」ということ。
つまり、より「偉大な真実に出会うことができる」ということです。

人は毎日「自分が発している周波数に見合ったものを引きつけ、その人に見合った真実と遭遇(そうぐう)している」のです。




★さて、現在ただ今のあなたの「真実」は、どのあたりにあるでしょうか?

小鳥のたとえで言うと、「直線」でしょうか? 

現実を「直線」だと信じて生きている人たちは、「過去」があって「現在」があって「未来」があるというふうに、一直線上でのモノの見方をしています。
「過去」も「未来」も「今」のこの瞬間にあって、同時進行しているというふうに立体的に見ることはできません。

「えっ? 過去と未来が同時進行しているって、いったいどういうことなの?」
そんな疑問をもったあなたは、まさしく「直線思考型」の小鳥さんだということになりますね。

先人たちが伝えてきたように、あなたの一瞬一瞬の思いが、あなたの現実を創っているのです。
そして、思いが変われば、現実も変わります。
あなたが毎日このブログをひらき、エピローグまですべて読み終えられたとき、もう一度このページに戻って、この質問に答えてみてください。


今のあなたが「信じているもの」とは、何でしょうか? 
どんなことを「ほんとうのこと」だと思っているのでしょう?
何が、今のあなたにとっての「真実」でしょうか?




ハスの花


★ 来て、見よ。それはここにある ★



★仏陀(ブッダ=釈迦)はいいました。
来て、見よ」と。



★究極の真実はすでに存在しています。
あなたの外側にも内側にも、至るところに存在しています。
それは、あなたの眼前にあるのです。
ですから、「まずは、それを見なければならない」と仏陀はいいます。

★あなたはただハートをひらいて、幼子のように「素直」に「純粋な気持ち」で、ものごとを見ていけばよいのです。
一切の思い込み、先入観を取りはらい、自分勝手な判断などはせずに、ただ「ありのままを感じること」です。
「小鳥のお話」のように、あなたが体験し、理解すれば、それは「信」ではなく、「知」となります。



★仏陀はわたしたちを招き、こう言っています。
来て、見よ。それはここにある」と。



★わたしたちの「進化の旅」とは、「意識がめざめていく旅」です。
さあ、これからご一緒に「意識の進化の旅」にでかけましょう。





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